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小正月、御礼参り、月食、そして、また雪。
1月15日。
昭和の時代に子どもの頃を過ごした僕らにとっては、この日は正月明け間もなくに迎える祝日としてしっかり体に染み付いていた日。この祝日があるおかげで、ただでさえ短い3学期がますます短く感じるものだった。
そう、つい11年前まではこの日は「成人の日」だった。

20歳の僕の1月15日を思い出してみる。
東京郊外の僕の育った町では、成人式は中学校単位に席が決められ、「恩師からの祝いの言葉」などがあり、それはそれで盛り上がるという。
でも、僕は中学から地元を離れてちょっと遠くの学校へ電車通学していたため、僕の座るべき席はそこにはなかった。
だから成人式というものはどこか遠い世界のものに過ぎず、その当時から成人式で暴れる連中がいたということはフィクションを読んでいるような、まったく実感のないものだった。

そんなこともあって、この日は僕にとってはあくまでも「小正月」。
国家制度がどんなに変わったとしても、この日はやっぱり小正月なのだ。

小正月といえば、小豆粥を食べる日。
僕も去年大量に取れた小豆を持て余していたので、今年はちゃんと小豆粥を炊いてみた。
もちろん米は自分たちで育てたコシヒカリの玄米。
玄米を乾煎りして香ばしい匂いを出して土鍋に入れ、水と昆布、そして一晩ひやかしておいた小豆を混ぜて炊く。ほんの少し、ヒマラヤの岩塩を振りかけて。
やや小豆が硬くなっていたけど、それでもおいしく炊けて大満足。
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地域によっては小豆粥の中に焼いた餅を入れたりするという。4日前の鏡開きで割った餅がかびないうちに使うということでまったく理にかなっている。
そういえば、Mさんにいただいた餅があったっけ。でも、別のことでコンロの口が埋まっていて平行して餅を焼けなかったので、今年は餅なしのオーソドックスな小豆粥で済ませてしまった。
安曇野はそもそも小豆粥を食べる習慣があったかどうかも怪しいし、あったとしても餅を入れるかどうかもよくわからないけど、日本の各地の伝統的な食文化はどんなカタチであれ受け継いで次の世代へつなぐのが、僕らの役割なのも間違いない。

食文化の話をし始めると、とてもタイムリーな話題につながっていく。
シー・シェパードによる調査捕鯨への妨害活動。
どちらが攻撃を仕掛けてきているのかは正直なところよくわからないし、わざわざ南氷洋まで出かけて鯨を獲るということは決して正しいことではないという思いがある一方で、鯨を食べるというのは日本古来の食文化であるのも間違いないわけで、とてもアンビバレンツな思いを抱いている。
そもそも僕の世代は給食の人気メニューに「鯨の竜田揚げ」があった世代なのだから、鯨を食べられないのは食文化の断絶だというのも正直な思いだ。
でも、いまさら南極まで獲りに行った鯨を食べるということには大きな抵抗もある。まずフードマイレージ的にまったく不合理だ。そして、そもそも南極まで鯨を追い回さなければ獲れないという環境を作ってしまったのも我々日本人なのだ。
鯨のもつ知性だなんだということを言い出したら、それは感情論というか、古いカトリック的な倫理観の産物であって、八百万の神のいる日本では受け入れられないものだと思うけど、そういった感情をまったく抜きにしても南氷洋への捕鯨船団の不合理さばかりが目につくわけで。
そもそも、鯨って近海で獲れるものだけをその港に近い村の人々だけが海の恵みに感謝していただくというようなものだったはずだ。それが、なぜ学校給食に上がり、日本人の体位向上に一役買うことになったのかから考えてみなければいけないと改めて思う。

西欧文明の倫理観と日本人のノスタルジアというふたつの感情がぶつかり合うだけでは何も生まれてこない。ただそこには争いが起こるだけ。
だから、僕は南紀のような鯨食が一般的だった地域に行ったときぐらいしか、今は鯨を食べようなどとは思わない。


閑話休題。
小正月のことを話すのが本題だった。

この日が成人の日という祝日であったことは、この日に「初観音」の縁日を催すお寺が多かった。
本来の初観音は1月18日。それに一番近い休日を選んで厄除けなどの行事が行われてきたようだ。
最近では成人の日が年ごとに違うこともあって、中信平の厄除け観音のお寺ではそれぞれ開催日が違うほどだ。今年の場合は1月11、12日というのが多かったが。

僕も昨年後厄で、この正月で無事に厄が明けた。
もっとも無事に厄年を過ごしきったという気はまったくしないのだけど、それでも厄除けをしっかりしておいたことでなんとか命がつながったのかもしれない。
あまり信心のない僕だけど、とりあえずご祈祷と施しを受けた者として、ここは御礼参りに行っておこう。
今年はちゃんとご祈祷してもらおうとは思わなかったけど。

雪が残る山麓線からサラダ街道を走りぬけ、朝日村の古川寺(こせんじ)へ。
ここは今も1月15日に初観音の縁日を行っているお寺。今年はこの日は金曜日。予想通り駐車場の入り待ちもなく、スムースに御礼参りを果たしてきた。
去年までの3年間、僕自身の中で少し歯止めをかけてきたことも、これで心おきなく解禁できる。
さぁ、これから羽ばたいていくとするか。
もちろん、急がず焦らずゆっくりと着実にいこう。
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そしてこの日は新月。そこに部分日食が絡むという、ものすごく強いパワーの新月なのだ。
願い事はさっき古川寺で少しだけ唱えてきたけど、できることなら日食の夕日に向かってもう一度唱えてみたかった。
とりあえず、信州も日食がわずかながら見えるエリアには入っていたけれど、あいにくの曇り空、それも今にも雪が降り出しそうな雲が夕方からどんどん流れ込んできていた。

でもネット社会のありがたさかな。たびたびここで書いている「SOLIVE24」で鹿児島から中継するとのことで、僕はMacの画面にそれを映して眺める時間を過ごしていた。あまりの神々しさに言葉が出なくなり、願い事を唱えるのを忘れてしまったけれども、それもまたご愛嬌。
とにかくここが今年の僕のスタートライン。無理せずのんびり、でもほんのちょっぴり頑張っていけばいい。

2010年、どんな一年にしていこうか。お楽しみはまだまだ始まったばかり。
でも、2009年をちゃんと振り返ってなかったな。旧正月まで、まだ少し時間がある。

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「夢を語って近づけよう」ドリカム新年会2010 @安曇野地球宿
1月30日(土)開催。 詳しくは地球宿イベントブログをご覧のうえ、安曇野地球宿へお問い合わせください
【2010/01/16 21:50】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
Welcome back, Mac!
僕がパソコンと暮らすようになって早くも20年以上の日々を過ごしてきた。
その間、パソコンというものは僕にとっては知的だったり芸術的だったり、そんなクリエイティブな作業を補助するツールとしての側面と、遠く離れた人たちとのコミュニケーションのツールとしての側面を一貫して持ち続けてきた。
つまり、パソコンという存在はあくまでも「手段」。これが「目的」や「結論」になることはありえない。

今となってはその7割以上の時間は、PC/AT互換機~Windowsマシンとともにある。

でも、僕にとっての原点であり、一番楽しかった時代には、必ずMacintoshがそばにあった。

20年前、大学3年生だった頃、指導教授が研究室に当時100万円ほどしていたMacⅡを導入したところに僕のMacとの付き合いが始まり、社会人2年目に廉価版のMac LCというモデルを買ってからは仕事ではDOS,Windows、プライベートではMacという生活を7,8年は続けていたと思う。
最初は「借金トッシュ」と揶揄されるほど高価なものだった。僕も2ヶ月分の給料を叩いてMac LCを買ったので、生活費はまさに親から借金して暮らしていたわけで。
ああ、哀しきかな、借金トッシュ。

その後、Macのために借金をするようなことはなかったけれど、気がつけば、ブラウン管一体型Power Mac、初代iBook(貝殻型)と買い換えて7,8年は暮らしていたのだ。

でも、仕事を家に持ち帰るような忙しい立場になってしまってからは、なかなかMacをいじっている時間もなくなり、家で使うパソコンもIBM ThinkPadにいつの間にか移行してしまい、半農半自由業となった今もごく最近まではIBMブランドを離れたThinkPadを使うようになっていた。いつしか家での使用年数もWindowsマシンの方が長くなってしまった。

ところが、昨年、ひょんなことからiPhoneを手にしたあたりから、また手元にMacが欲しくなった。
もっともsoftbankの電波が微弱な有明山麓ではiPhoneはあくまでも2台目の携帯端末でしかないのだけれども、iPhoneに大いなる可能性を見出した僕は、その母艦として、さらには可能性を広げるツールとして何が何でもMacが必要になってしまったのだ。

そして、昨年11月、ヤフオクで「液晶画面不良」のIntel iMac(Late 2006)を2万5千円で落札。(ちなみに当初の定価は15万ほど?)
最初は外部ディスプレイに接続して使うつもりだったのだけど、このロットのモデルには液晶画面不良の個体があることを知り、ダメモトでcall appleしてみたら見事にビンゴ!
年末も押し迫った頃に修理に出し、出費ゼロでちゃんとすべてを美しく映す液晶画面に生まれ変わって戻ってきた。

おかえりなさい、僕の愛しきMacintosh。

ソラマドサンシャイン with iMac

ハードディスクが貧弱なので、これから外付けの大容量ハードディスクを用意できるまではThinkPadと共存共栄していくしかないのだけど、やっぱり直感的にオペレーションできるMacが僕は大好きなのだと改めて思う。

ちなみに、写真に映っているのは、以前にも書いたウェザーニュース「SOLIVE24」のキャスターの女性ふたりと天気解説の気象予報士さん。
この女性キャスターはふたりともモデル出身の長身美女、左から田中みのりさん(26、佐賀県出身)、堀田奈津水さん(25、広島県出身)。まったくもってタイプの違う喋り方のふたりだけど、テレビやパソコンの前にいる視聴者と同じ目線で、FMラジオのDJのようなスタイルで、天気をわかりやすく伝える姿には本当に親しみがもてるふたり。
そして、男性の気象予報士さんは、名古屋人には懐かしい顔、昨春までNHK名古屋の気象キャスターを務めていた寺尾直樹さん。歯切れのいい天気予報でファンクラブまでできるほどに東海三県では大人気だった彼は、SOLIVE24の開始とともに東京(正確には千葉幕張)に戻ってきてウェザーニューズ社の看板を背負う気象予報士となった。番組にチャットやメール、携帯からのウェザーリポートで参加するユーザーたちからはいまや「アニキ」と呼ばれるほどの信頼厚き存在だ。

彼ら彼女ら、天気予報業界の革命児たちの活動に僕もいつも大いに刺激されている。
今まではただ上から伝達されるだけの天気予報が当然だと僕らは思っていたけれど、見たままを情報としてウェザーニュースに伝えることで天気予報の精度が上がるという事実に、僕らはもっと天気を身近なものとしてとらえ、考えていくことができるわけだ。
気象予報士を目指してきた僕ですらその「お天気革命」には目から鱗の思いでいっぱいなのだけど、以前話題にした昨秋の台風18号の上陸地点をめぐっての騒動も、最終的には気象庁が訂正をしたという結論に至ったのだ。つまり、現場にいて実体験している人たちの体感的な情報と携帯型観測機の数値の報告が、気象学的には有意義な価値あるものであると「お上」に認めさせたわけだ。
政権交代から4ヶ月、こんな小さなところにやっとひとつの「官僚支配、権威主義からの脱却」という「現象」を見て取ることができたわけで、もっと大きく日本という国が変わることをほんの少しは期待してもいいかなと思ったりもする。まだまだ時間はかかるのは間違いないけどね。せっかちになってしまった僕らはわが身を少しは反省した方がいいのかもしれないね。

そういう意味では20年以上の長きにわたって、常に新しい価値を作り出していくアップルという組織体の持つエネルギーは、僕らにとってもずっとずっとリスペクトしていきたいものなのだ。
そう、マイクロソフトもグーグルも、アップルが先行して切り拓いてきた道の中で得たアイディアで革命を起こしてきたのだと僕は評価している。

Welcome back to me, Macintosh!
きみと新しい価値を作っていけることに僕は本当にわくわくするよ。

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SOLIVE24朝の番組「ソラマドサンシャイン」のコーナー「日の出写真館」に採用された、
僕の有明山麓からのウェザーリポート写真(2009年12月25日朝撮影&放送)
ちなみに当日のキャスターは上述の堀田奈津水さんでした。感謝!
【2010/01/13 23:20】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
伝説の「Lotus Cafe」ただいま営業中
数年前、僕がまだときどき安曇野にやってくる旅人だった頃、
世界中の料理やお茶を出し、世界中の音楽が流れ、世界中から人が集まってくる素敵なカフェが池田町にあった。
ときにはお客さんを巻き込んで、ライブ・セッションが始まるというエネルギッシュなカフェ。

その名は「Lotus Cafe」。
旅人だった僕も噂を聞いて訪ねてみたいと思っていたけれども、有明山麓から池田町は当時の僕にはちょっと遠かった。

2007年、僕は安曇野の地に根を下ろした。
いつでも池田町まで行ける羽根を持った。

だけど、もう、そこには「Lotus Cafe」は存在しなかった。
僕にとっては訪問することは一度も叶うことのなかった、まさに伝説のカフェだった。
いや、僕だけではなく、今、僕の周りにいる友人たちにとっても、本当に伝説のカフェだった。

その後、ひつじ屋のスタッフになった僕は、常連客の音楽家、チャーリー宮本さんと、その奥様で舞台照明家・アジア料理研究家のミヤモトタミコさんと懇意になった。

「安曇野のダライ・ラマ」と呼ばれる、神様のような笑顔のチャーリーさん。超一流のパーカッション奏者がこんな身近なところにいるということだけで、ヘタレ・ミュージシャンの僕も音楽を楽しんでいく背中を押されたのは間違いなかった。

インドでアーユルヴェーダを学び、日本のアーユルヴェーダ料理家としては最高峰のひとりであるタミコさんもとても笑顔の素敵なお姉さま。会うたびに僕の顔色を見て適切なアドバイスをくれるのがいつも嬉しかった。

そのおふたりこそ、まさにあの伝説の「Lotus Cafe」をやっていたおふたりだったのだ!


現在、ひつじ屋店長タカハシさんは、インドで心の洗濯中。
そのお留守番役として、伝説の「Lotus Cafe」が穂高駅前に復活したのだ!
1月8日~26日(水曜日を除く)の期間限定ながら、早くも大きな存在感のあるLotus Cafe。
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この3連休中は実に大盛況。
僕も少しだけお手伝いしながら、池田時代からの常連の方たちと知り合って仲良く談笑したり、元AZUMINO JugBandのメンバーたちがやってきたら突然セッションを始めてしまったり、それだけで本当に素敵な時間を過ごさせてもらったのだ。
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ゆくりりっく(ふま&ちゅーわん)登場。チャーリーさんも僕もセッションに参加だ。


もちろん、タミコさんの心のこもったアジアのお母さんの料理たちが主役。
そこにチャーリーさんの笑顔の生み出す素晴らしいハーモニー。
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ある日の日替りランチ「ビビンパ」。


ぜひ、あなたも、僕らと一緒に、
期間限定で復活した「伝説」の証人になって欲しいなぁ。

ロータスカフェ フライヤー

水曜日は、引き続きカンボジアCafe「こーさんのうち」が開店します。ともどもよろしく!
【2010/01/12 17:31】 | 安曇野の仲間たち | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「ライブテープ」
去年観た映画を振り返る間もなく、今年の初映画はシネマセレクトの上映会@まつもと市民芸術館小ホール。
今回は「松本CINEMAセレクト・アワード最優秀監督賞」の授賞式を兼ねて、会員500円という超太っ腹な上映会だった。そのうえ、映画の出演者によるライブまであるという盛りだくさんの内容。

新進気鋭のドキュメンタリーの監督が、僕がまだ聴いたことがないミュージシャンのストリート・パフォーマンスを74分1カットで撮ったということだけで本当に映画好き、音楽好きの心をくすぐる映画。

ライブテープ フライヤー
「ライブテープ」 2009年 監督:松江哲明  作詞・作曲・ギター・歌:前野健太
 バンド:DAVID BOWIEたち  参拝出演:長澤つぐみ
 (第22回東京国際映画祭「日本映画 ある視点部門」作品賞受賞)

ちょうど1年前の元旦の吉祥寺。初詣の参拝客でごった返す武蔵野八幡宮から吉祥寺の街を抜け、井の頭公園の野外音楽堂まで、ギターの弾き語りをしながら歌い歩いていくシンガー「前野健太」をカメラが追っていく。

晴れ着姿の長澤つぐみがお参りするところ(初めて見た「参拝出演」というクレジット!)からカメラがずんずん歩き、スパンしていく先に、若かりし日の井上陽水を彷彿させる前野健太の姿が。
おお、この入り方からしてスゴイつかみだ。

そして吉祥寺の街を歩き進んでいく前野健太とカメラ。元旦ゆえにシャッターの下りている店も多く、それほどごった返しているわけでもないこの日だからこそ成り立つ奇蹟の時間が流れていく。
サンロード、西友前、伊勢丹前、ハモニカ横丁、吉祥寺駅前、武蔵野公会堂、そして井の頭公園へと下っていく階段。
中央線育ちの僕にはよく見知った風景だけれども、カメラと録音の素晴らしさで本当に新鮮に見えてくる。
ラストシーンの美しい夕焼けと井の頭公園の人々の姿に、チラシの「生きていかなきゃね」という言葉が重なり合って何故か目頭が熱くなった。

前野さんの歌は、日常の機微を丁寧に掬い上げた歌詞が、ストレートに心に突き刺してくる、そんな歌。決して歌もギターもメチャクチャ上手いというわけではないけれども、彼の生き方そのものが歌になって僕らに届く。
上映終了後のトークショーで前野さんは「歌うことは呼吸するようなもので、歌わなければ死んでしまう」そんなものだと語っていたけれども、この74分の「偶然」には本当にその生き方が顕れていたのだ。

松江監督にとっては構想が生まれてからわずか1ヶ月後に撮った作品で、彼が育った吉祥寺の街に彼自身の想いを投影した「極私的な作品」ということだけれども、前野さんの歌とシンクロナイズ&ハーモナイズしてできたこの映画の世界は、実は誰にでもある普遍的なことなのかもしれないと僕は思った。

上映、トークショーの後は、前野さんのライブ。ギターの弾き語りで「ライブテープ」の中で歌われた曲をはじめとして1時間ちょっとの熱演。途中、ストラップが抜けるというハプニングもあったが、それをまたアイディアにして次の曲は寝転がって歌ったり、静と動が同居した独特の世界に僕らもすっかり引き込まれる。
そしてアンコールはロビーにて。それを松江監督はハンディカメラを回して撮る。いつかこの「ライブテープ・アナザー・ストーリー」を僕らも観る機会があれば素敵だ。

僕にとっては今年も幸先のよい映画スタートだった。今年も心に響く作品にたくさん出会えますように。
【2010/01/10 23:45】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
2010年のビアライゼ(1) ---月夜野クラフトビール
いちばん桜今年の初ビール「オリオンビール いちばん桜」

2010年が始まってまだ9日しか経っていないけれども、今年も既にたくさんのビールを飲んでいる。

民主党政権では酒税法の抜本的な見直しの第一歩として、単純にアルコール度数に応じた課税への変更が行われようとしているわけで、ビールにかかる酒税は大きく減少して節税型発泡酒やビアテイスト・リキュール(いわゆる第三のビール)の存在意義が近い将来まったくなくなることが予想される。
その手の「まがい物」にここ数年実に大きな投資と企業努力を果たしてきた大手ビールメーカーがどれくらい抵抗するかは未知数だし、アルコール度数の高いスピリッツ類を扱う洋酒メーカーや商社には「伝統産業」として課税優遇措置が取られる可能性が高い焼酎とは違ってそのまま度数相応の酒税が課されるとなれば、それはそれで大きな抵抗勢力となりうる。
だからどこまで早期に実現できるかはわからないけれども、2010年は本物のビールが見直される一年になるかもしれないのだ。
まずは国会の論戦を見守ることにしつつも、僕は先取りして本物のビールを今年もしっかり味わって飲んでいくのは言うまでもない。

という「大義名分」を語るのはこれくらいにして、このわずか9日間に地ビールメーカー併設のビアパブ2ヶ所、全国の地ビールを集めたビアパブ1ヶ所を既に訪ねて飲んでいるうえに、まだ「フェイク・ビア」は風呂上がりに「一番売れてる銀色の缶」のビールよりはいいかと言って飲んだ節税型発泡酒1缶だけというとんでもない正月を過ごしてしまった僕である。
我ながら、実にけしからん!

そして、新しい仕事を創っていくに際して必要な取材もここで一緒に行ってしまおうという下心もあったりして、新年早々「ビアライゼ」(ビール巡礼)の日々を過ごしてしまったわけだ。


月夜野全景
月夜野クラフトビール (ビアレストラン「ドブリーデン」)

実家@東京都下から青春18きっぷを使って、1月5日に訪問。
上越線後閑駅より徒歩15分。年越し寒波で積もった雪も溶けて快適な散歩という距離感。

ここはグラスなどのガラス製品メーカーが母体となっている「月夜野びーどろパーク」の核施設のひとつで、ビール製造はみなかみ町(旧・月夜野町)と地元金融機関、ガラス製品メーカーの出資による第3セクター企業で行っているそうだ。だからかわからないが、なんとなくレストランには活気が感じられなかったけど、たぶん冬の寒さのせいなのだろうな。いや、訪問した時間が中途半端だったからかもしれない。入店したのは14時頃なのだから。

ここはガラス製品メーカーが母体のひとつということでグラスのデザインに大きな特徴がある。
たとえばミュンヘナー・ダーク(シュヴァルツというよりもポーターに近いかもしれない)「蛍の里の黒ビール」のグラスは、漆黒の闇に蛍が舞うのをイメージしたグラス。こういう遊び心があるのは異業種からの参入によるメリットのひとつでもあろう。

今回は時間もなく、初めて味わうメーカーのビールということもあって、ピルスナー、エール、黒ビールの3種を130mlずつ飲める「トリオビール」(900円)とヴァイツェン(400ml 600円)をいただく。
体調不良が続いていたせいか、味覚がかなり鈍っている状態だったので、正直言って「優等生的なビール」という感想になってしまったのがちょっと残念。つまり、どれも合格点はつけられる無難な味だけど、際立った特徴が感じられるわけでもなく、結局のところあまり印象に残らないのだ。
月夜野クラフトビール4種

とはいえ、これが大きなアドバンテージになるのも確かなこと。誰が飲んでも安心して味わって「おいしい」と思えるビールに仕上がっているのは素晴らしいことだ。特に黒ビールは色の割に癖がなくて飲みやすく、黒ビール嫌いの人でもすいすい飲めそうだ。色は濃いけどやはりスタイルはアルトとポーターの中間といった感じだろうか。個性的なチョコレート系のモルト・フレーバーがあるのに変に自己主張していないのは、僕はもったいないと思うのだけど、これくらいの方が実はすいすい飲めるのだ。
そういう意味では本当に「優等生」なビールなのだ。値段がもう少し安ければ毎日飲んでもいいと思える味。

月夜野クラフトビール

 群馬県利根郡みなかみ町後閑761-1
 Tel : 0278-20-2033
 http://www.vidro-park.jp/ (音が出ます。要注意)
 工場見学:要問い合わせ

併設の「飲める店」:
 レストラン「ドブリーデン」
   営業時間 11:00~15:00 冬季は水・木定休 春~秋は無休(臨時休業あり)
   店内よりガラス越しに醸造設備を眺めることができる。
   料理は「田舎の十割蕎麦」と「田舎の西洋料理」がメイン。
   値段もリーズナブルで気軽にランチタイムを過ごすことができるのはGood。

 「カフェ・ド・ヴェール」
   グラスをお土産として持ち帰ることができるのがガラス製品メーカーならではの面白さ。
   冬季休業

買える場所:
 びーどろパーク内の「地ビール・地酒販売所」にて。
 お取り寄せは要問い合わせ。

アクセス:
 上越線後閑駅より徒歩15分、またはバス3分
  (関越交通バス「上毛高原駅」、「猿ヶ京」行きで3分「上河原」バス停下車すぐ前)
 上越新幹線上毛高原駅より徒歩30分、またはバス5分
  (関越交通バス「後閑駅」「沼田」行きで5分「上河原」バス停下車すぐ前)
 関越自動車道月夜野ICより水上方面へ車で5分
ドブリーデン店内と醸造タンク
【2010/01/09 22:06】 | ビアテイスター | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
2010年、始動
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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

ちょっとネット環境の悪い状況のため、写真は撮ったもののアップできず、ここまで引っ張ってしまった。
アクセスしてくださったみなさん、新年早々期待を裏切ってごめんなさい。

さて、2010年。いまだに何と呼ぶか一致してない「00s」が終了して「10s」の新しいDecadeに突入したわけだけど、何かが劇的に変わる気配も今のところあまりない。

でも、ゆっくりでも着実に進んでいこう。
そしてしっかりこの新しいDecadeを生きていく基盤を固めていこう。

リアルに年賀状を送った方には既に届いているかと思うけど、またひとつ新しいことを始めようとしている。
夏場の生活基盤はそれなりにできてきたけど、問題は長く寒い、厳しい冬をどう暮らしていくかということにある。

だから僕の得意技を生かした仕事を新しく創っていこうと思う。
それがうまく回ってひとりじゃできなくなるぐらいに育てたい。
そうすれば、冬眠状態にならなきゃいけなかった安曇野の仲間たちとシェアしながら、みんなで冬も活力ある場所にしていくこともできる。

正直言って、この凍える寒さに僕の体調は全然戻ってこない。
このまま本当に冬眠してしまったほうがよいのかもしれないと思ってみたりもする。

でも、この冬、まずはひと冬頑張ってみよう。
もちろん肩の力は抜いていこう。変に力が入っているから凍結した路面にコケたときに痛いのだから。

年越し寒波に大荒れの空模様となった2010年の始まり。
誘われていた友人たちの恒例行事もことごとく中止になってしまったとの連絡が入りあまり期待はしていなかったけれども、朝7時前に自宅の窓から南東方向が明るいのを見ていつもの定点観測地点へ車を走らせる。
去年の初日の出は30人ほどの人が集まっていたこの安曇野を一望する場所には、今年はすっかり足跡ひとつないヴァージン・スノーに覆われていた。

美ヶ原の稜線から太陽が昇るところは見えなかったが、そのすぐ上の雲の切れ間から今年最初の太陽の光が眩しく届いたとき、極寒の中に強張っていた体からすっと何かが抜けていくのを僕は感じていた。

ここからきっと何かが始まっていくはずだ。

このblogを読んでくださっている皆さん、そしてリアルに仲良くさせていただいている皆さん、
有形無形に今年もかかわってくださることを期待しています。
いつもありがとう! これからもよろしく♪

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有明山神社参道の双体道祖神も雪の中。
こんな風に仲間同士、手を取り合って生きていく一年にきっとなっていくことだろう。


(基本的に元旦に書いた内容なので、1月1日付でアップしました。 一部加筆訂正して1月4日に公開)
【2010/01/01 12:00】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
2009年、ありがとう!
大雪の大晦日。
僕が安曇野で暮らすようになって3度目の年末。
寒かった一昨年も、超暖冬だった昨年も、大晦日には年末寒波が挨拶のようにやってきた。

そして今年も。

いつもは夜の早いこの地だけど、今日ばかりはみんな夜更かし。
家々の明かりが雪面に反射していて、懐中電灯なしでも外を歩ける、そんな夜。

今年を振り返るにはどうやらちょっと時間が足りなかったようだ。
でも、旧暦で暮らすほうが僕のライフスタイルにはぴったりなので、旧正月までに振り返ればいいや。

この白い雪でキレイに洗われた安曇野。
今年出会った人たち、景色たち、映画たち、食べ物たち、音楽たち。 みんなありがとう。
時には嫌なことや辛い思いをしたこともあるけれど、そんな事物も含めてありがとう。

そんな風に僕の心も洗われ、2009年最後の夜。
この雪では二年参りに行くのはやめておいたほうがよいだろうな。
だから、今年最後のビールをこれからゆっくり楽しもう。

みなさん、良いお年をお迎えください。
そして2010年もよろしくお願いいたします。

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今年最後の月(十五夜)、明日は元旦で満月でそのうえ部分月食。
【2009/12/31 23:39】 | log | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
本日、15時開演!
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市民タイムス 2009年12月26日 文化面掲載記事

思わぬ体調と精神の不調で一時は参加を諦めかけていた AZUMINO JugBand のラストライブ。

まだ不調は続いているけれども、なんとかステージに立てそうな状態には回復してきた。

いろいろ思うこと、考えること、あるけれど、
1年間、このメンバーと楽しくやってきたのは紛れもない事実。

さあ、泣いても笑っても今日が最後。

だから、笑っていきましょう♪


AZUMINO JugBand  解散コンサート
 ~みんなのみらい 夢をのせて~

 2009年12月27日 開場14:30 開演15:00
 会場:安曇野市穂高学習交流センター「みらい」多目的ホール
 入場無料、飛び入り参加大歓迎。


これが本当に最後のライブ。
間違いなく伝説のライブになるはずです。

お近くの方、暇なので安曇野まで駆けつけるぞという方、
ルルル、3時に会いましょう~♪
【2009/12/27 08:54】 | 田園音楽生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
クリスマスだけど、「ん」?
メロンパンもアンパンも「ん」がふたつ。

アンパンマンにいたっては「ん」がみっつ。
バイキンマンとドキンちゃんは「ん」がふたつずつ。
3対4でバイキンマンの勝ち?
でもアンパンマンにはたくさんの「ん」のついている仲間がいる。
ショクパンマンもメロンパンナもふたつずつ。テンドンマンはみっつもあるね。
愛と勇気はいつも勝つということらしい。

ところで、この人たちって食べられるの?
そんなこと考えてる悪い子には「アンパンチ!」
顔を食べられてもいつもジャムおじさんが近くにいるとは限らないんだよ。

この日ぐらいは喧嘩も憎しみ合いもお休みにしよう。
疲れた兵士にもみんな家族がいるのだから。
愛する人がいるのだから。愛すべき人がいるのだから。

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穂高温泉郷「八面大王足湯」もイルミネーションで落ち着かないけど・・・

いい人の上にも、悪い人の上にも、
義なる者の上にも、不義なる者の上にも、
お医者さんちのMちゃんにも、お医者さんごっこをやめられないHくんにも、
誰にでもクリスマスはやってくる。

もちろん、きみにも、
もちろん、僕にも。

I wish you a Merry Christmas!

We Wish You A Merry ChristmasWe Wish You A Merry Christmas
(2005/11/23)
オムニバス


商品詳細を見る(試聴あり)
1983年に発表されたあまりに強烈な個性を放つ日本のアーティストたちによるクリスマスアルバム。
僕も欲しい。サンタさん、お願いっ!
【2009/12/24 23:59】 | ジョーク | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ということで、冬至という日は・・・
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2009年の冬至の日の出(12/22)
昨日のジョークがあまりにシュールすぎてわからんという声が届きました。
まぁ、これは酔っ払いの戯言ですから。別に人格崩壊したわけじゃありません。酔ってハイになるといつもこんなもん。

でも、ちょっとは解説が必要かなぁと思って、珍しく解説記事を書きましょうか。

すでに冬至の日が過ぎて24時間が経とうとしているにもかかわらず、さっき追い炊きの柚子湯に入ってしまった僕。

そもそも、なぜ冬至に柚子湯なのだろうか? 風呂好きな僕らでもあまり知られていないことだけど、どうもこれは言葉遊びというか駄洒落というか、そんなところから始まっているらしい。

冬至という言葉の読みでもう5,6回変換キーを押せば、間違いなく「湯治」という字が出てくる。そう、同音異義語。
言葉遊び。
確かに寒さがどんどん厳しくなっていくこの時期。普通に生活しているだけでも嫌でも体力を消耗してしまう。
だからこそ、湯治が必要。
冬の本州太平洋側で庭先で手軽に手に入る薬効のあるモノの筆頭は柑橘類、それも江戸や京の都の庭先にもなるものといえば真っ先に柚子が挙がってくるのだ。
もし都が柑橘類の育たない信州にあったならば、それはりんごになるのかもしれない。事実、りんご風呂が売りの温泉施設も信州にはいくつもあるし、この時期になるとデイケアなどの施設で「りんご風呂やったよ」という記事が地元紙に載ったりもするのだ。

言葉遊びはもうひとつ。
なぜ、冬至の日に「ん」のつく食べ物を食べる習慣になったのか。これも実に知的な言葉遊びなのだ。
冬至という日は一年で一番日が短い日。つまり、これ以上日が短くなることはない、いわば最終日。
五十音の最終の文字は「ん」。
そして、「ん」という音はそのまま「運」という漢字に置き換えられる。
この冬至の日を境に日が長くなり、どんどん季節が良くなっていくという象徴としての文字「ん」。

昨日は僕もそんな気分。朝から「三年番茶」(「ん」が3つも!)を飲み、おでんにはレンコンやらニンジンやらを突っ込んで一緒に炊いてみたり、なんきん(南瓜)は何を思ったか素揚げにしてみたり、そんな風に「ん」のつく食べ物を堪能していたのだ。
ついでに彼女に「ち○ち○」を「パックン」してもらえたら・・・なんて、おあとがやらしいようで。今年もこの時期は独り身。こんなことは現実にはありえないのが本当に寂しい時期。
残念!


書きたいことはたくさんあるけど、今日のところは解説記事にて失礼いたしまする。

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そして「ん」がつき始めた日の日の出(12/23)
【2009/12/23 23:45】 | ジョーク | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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