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中越逃避行・2010新春(前編)
ryoma-koseisai3_32.jpg別にこの人のせいじゃないけど・・・
本当は四国にでも行こうかと、2日分温存しておいた今期の青春18きっぷ。
ところが先週の大寒波の影響で安曇野を脱出できず、最終有効期限まであと3日という状況になってしまっていた。

これでは四国はとても無理だ。仕方がないので、もっと近場で、でもこういう機会でもないとなかなか行かないところに行こうと思った。

そこで白羽の矢が立ったのが新潟県中越地方。
越後湯沢、石打、上越国際、六日町、そして八海山。僕が若かりし日によく行った雪山のある地域だ。
たぶん今の僕にはしっくり来る場所。それも、交通が完全に麻痺するほどの豪雪の直後。いかにも僕が好きそうなシチュエーションだ。


正直言って、ここ数日妙な閉塞感に僕は襲われていた

創りつつある仕事は、順調とは言いがたいながらも別に行き詰っているわけでもなかったし、何も予備知識のない状態から新しい価値を生み出すという行為には大きなエネルギーが要ることもわかっていたから、そこから来る閉塞感ではなかったのも間違いない。
強いて言うならば、あまり人と話す機会がなかったことに尽きるのかもしれない。
結局ひとりで暮らしひとりで仕事をしている以上、アイドリングタイムに誰かに会いにいくしかないのだけど、今年に入ってから誰かとゆっくり電話で話すことも一度もなかったし、「Lotus Cafe」も最近はお昼時が大盛況で、文字通りあの「ひつじ屋」の小さなテーブルで「膝を突き合わせて」語るような機会も先週後半は一度もなく、結局はひとり。
まぁ、ひとりの時間を愛している僕だから、人からそれが苦痛とはまったく見えないわけで。

どうせひとりでいるなら、旅をしよう。
だって僕は旅人なのだから。

chikyuno_200.jpg
おりしもちょうど、「地球の歩き方の歩き方」という本を図書館で借りてきて読んでいたところだった。
かの個人自由旅行のバイブル「地球の歩き方」を世に出した人たちのことを書いた素敵なノンフィクション。そう、彼らもひとつの革命を成し得た人たちなのだから、ますます「革命家好き」で自らも「心優しき革命家」を目指す者としての気分は高まっていたわけで。

でも、なんだか今回の旅はのんびりしているようで、時間との闘いのような気がしている。
ちょうど半分が終わった時点でそう感じているのだ。

まず出発からして本当にバタバタ。昨夜のうちに送っておいたと思しき大事なメールが未送信のままになっていることに気づいたのが運のツキ、今日は本当に一日、いろんな意味で時間という概念を考えさせられた一日だった。
明科駅で乗ろうとしていた電車に間に合わず、やむなく長野まで車で行く。

DSCN6469_400.jpg
駅からちょっと離れた24時間700円の駐車場に車を置いて、東急でいろいろ買い物していたら、あっという間に予定の電車の発車3分前。地下道を走り、コンコースを走りぬけ、汗だくになりながら飯山線のディーゼルカーに乗り込む。
ところがこのディーゼルカー、「大人の遠足」に行くと思しきリタイヤした世代の旅行者グループが1両の半分を占拠して大騒ぎ。この世代の人たちの群集心理って本当に「旅の恥は掻き捨て」を当たり前と思っているようで本気で怖い。まだヤンキー高校生の方が僕はとっつきやすいのだ。

そんな厚顔無恥な行動を見ざる聴かざる言わざるで旅の車窓をやり過ごしたかったけど、実際は心がすっかり乱れていたわけで。彼らが飯山駅で下車したときは本当にホッとしたのはここだけの話。
当初彼らは北飯山駅で下りると大声で言っていた。もし彼らと話す機会があったなら、「仏壇でも買いに行くんですか?」と悪態のひとつやふたつついていたかもしれない。掻き捨てるような旅の恥には、もっと恥をかかせることで対抗したいと思うけど、たぶん彼らはなんとも思わないんだろうな。
そのバイタリティが日本を成長させてきたのは確かなのだから。
実際、僕はこの世代の人たちにはサラリーマン時代にずいぶん泣かされたものだ。つまり彼らも「新人類」の僕らに大きなジェネレーション・ギャップを感じていたわけで、その分冷たく当たられたのかもしれない。
お互い様と我慢するしかないや。いまだになかなか素直になれないんだけどね。

話を戻すと、北飯山駅周辺はお寺も密集しているけれど、日本有数の仏壇商店街。それは紛れもない事実なのだ。

そしてその北飯山駅から乗ってきた高校生の女の子たちのあまりに不釣合いな服装と足元に、なんだか安心してしまう僕なのであった。
僕が高校生だった頃、このあたりの女子高生は上は制服のブレザー、下は不釣合いにヘビーデューティなズボンだったりした。(今で言う「パンツ」なんていうかわいいもんじゃない、ただのズボン!)
でも今の雪国の女子高生はちゃんとスカート。暖かい素材のストッキングが安価に普及したおかげで、無理して生足で過ごすことも、やや懐かしいハニワちゃんスタイルになることも、どちらも必要なくなっているのだ。
彼女たちの足元は、「雪国着用率No.1」ソレルのブーツだったりカラフルなゴム長だったり、本格的雪国仕様。

DSCN6472_400.jpg
途中、除雪作業や遅れていた対向列車との行き違いのために最大30分以上遅れ、十日町には20分遅れで到着。
ほくほく線への乗り換えは時刻表どおりだとわずか10分、たぶん間に合わないだろうなと思っていたらほくほく線も20分遅れで走っていた。
乗り換えられなかったらこの豪雪地帯で一番大きな街をしばし散歩してみたかったけど、それはまたの機会に。

しかし、六日町で足止めを食らってしまう。石打駅付近で小さな雪崩が起きて線路に流れ込んだため、上越線が運転見合わせとなってしまったのだ。
これから除雪作業と線路の点検をして、何も異常がなかったとしても動き出すまでには2時間以上かかるのは間違いない。
だったらどこか温泉に入っていこう。

ふと、バスの時刻表を見ると、5分後に出るバスがある。このバスで一度行ってみたかった五十沢温泉へ。
ここは消雪パイプに流すための井戸を掘っていたら湧出した温泉だと言う。豊富な湧出量と肌触りがやさしいながらも力強いお湯はなんとも魅力的。
中でも「ゆもとかん」は混浴の大きな岩風呂と露天風呂がウリで、混浴愛好家たちにもよく知られた存在だそうだ。
話のタネにと僕も行ってみる。

DSCN6476_400.jpg
しかし何一つ「オイシイ」思いはすることなく、0度近い寒空の下の露天風呂でひたすら半身浴をしていたらあっと言う間に全身から汗が噴き出すほどのお湯の力強さに納得しながら帰りのバスの時間に。
また訪ねてみたい温泉がひとつ増えた。あ、別に異性の裸が見たいわけじゃないよ。そんな欲望は別の手段で解消する僕なのは皆さんご存知の通り(爆)。パートナーがいれば僕はその人だけで十分満足するわけで。そういう相手がいなくてどうしても女性の裸が見たければ、ストリップにでも行けばいい。
温泉はあくまで温泉。ボートはボートだし、ファックはファック。(すみません、村上春樹の引用です。)

100118_1714~0001
いい気持ちでバス通りに戻るも、帰りのバス停がどこにも見つからない。ローカルバスの停留所は上下線両方のバス停を兼ねていることもあるのでもしやと思い逆方向のバス停を見るも、駅行きのバスの時刻表はなく、上下線独立したバス停なのだと一瞬パニックになる。ふらふらと周辺を探すもやっぱり見つからず、ちょうど通りかかった住民の方に聞いてみると、なんと雪の中に埋もれていたのを発見! すごい豪雪だったことがこんな場でもわかってしまう。

無事に六日町駅に戻ってみると、上越線はまだ開通していなかった。駅員さんに状況を聞いてみると、30分後メドに運転再開の判断がなされるとのこと。
時間まで駅前の商店街を歩き、地酒の豊富そうな酒屋へ。この地はかの銘酒「八海山」の醸造元のある町。都会やほかの地方ではプレミアつきで売っている「八海山」も、ここなら町の小さな酒屋でも定価で買える。
その八海酒造では地ビールも醸造しているが、雪深いこの時期は公共交通機関でたどり着くのが困難な場所にブルワリーとレストランがあるため、今回の旅では寄ることを諦めていた場所。
だから駅近くで買えればぜひ買って宿で飲もうと思っていたら、ここにその「八海山泉ビール」が3種類売っていたので、個人的な好みで2本選んで買っていく。(インプレッションは別途)
DSCN6478_400.jpg

駅に戻るとすぐに、復旧後の一番列車が越後湯沢駅を発車したとのアナウンスが入る。復旧まで予想通り3時間かかったけど、これで無事に先に進める。

今夜の宿は長岡市の旧越路町にある「加藤ゲストハウス」。
来迎寺駅を下りて季節外れの雨で足元がべちゃべちゃでとても歩きにくい中、迷いながらなんとか到着。
敷地内の小さなログハウスに泊めていただく。
暖かな夜だったこともあるけれど、このログハウスがとても暖かく過ごせることがわかって、僕もいつかログハウスをセルフビルドで建てたいという思いを新たにした夜。

夕食がまだだったので、駅前の居酒屋「わかば家」へ。この大雪にもかかわらず、魚の鮮度のよさには改めて感動。店の大将との会話も楽しく夜は更けていく。

(以下、後編に続く)

※1/27 写真追加で再アップしました。遅くなってスンマセン。
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【2010/01/18 23:20】 | ちょっとお出かけ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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