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昔の記憶ってどうしてこんなにも・・・
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1985年に日本で初公開され、大きな反響を呼んだスペイン映画「ミツバチのささやき」(ヴィクトル・エリセ監督作品、1973年)。
製作から10年以上を経て日本に紹介されてきたという話題性もあったが、何よりもポスターの小さな女の子の黒目の大きな瞳に吸い込まれるようにして、当時受験生だった僕も映画館へと足を運んだ。

その頃は今の映画館のような料金割引サービスはほとんどなく(せいぜい年に2度の「映画ファン感謝デー」ぐらいだったか)、ただでさえお金も時間もない大学受験を控えた高校3年生には映画館というのはかなり遠い場所だった。レンタルビデオもまだ高く、家で映画でも観ていようものならば母のカミナリが僕に落ちるのは間違いなく、それゆえ当時の僕にとっては映画というのはすごく遠い存在でしかなかったのだ。
それだけに僕にとっての映画への憧れは非常に大きなものがあった。その当時の日本は自主制作映画が興隆してきた時代。まだまだ16mmフィルムが元気だった頃だ。フィルムそのものの値段も現像料も素人には高く、お金のない作り手は一本一本が真剣勝負だった。そして僕もいつか自分の映画を創るのだという想いを持ちながらも結局実現することなく終わってしまったものなのだ。
いや、今は映画制作の世界もハイヴィジョンのヴィデオ・カメラが主流で、家庭用の手軽なものならばちょっと頑張って稼げば僕らにも簡単に手の届く値段なのだから、やろうと思えば今からでも映画を創ることは可能なのも間違いない。もっともこれは機会があればという程度にしか考えていないが、機会はきっとあるような予感がしている。
このムーヴメントの中から出てきた映像作家も多い。僕と同世代からちょっと上(つまり30代後半~40代)の映像クリエーターたちの多くは何らかの形で自主制作映画に関わってきたという、そんな時代だった。

この「ミツバチのささやき」は、確か開館したばかりの六本木の映画館(今でいう「ミニシアター」の走りだろうか)でロングラン上映されていたので、予備校をサボるタイミングを見計らって僕は観に行ったのだ。これも小さな冒険。
そこまで思い入れの深い作品だったというのに、その後もっと僕に対して刺激をもたらしてくれた作品があまりに多すぎて、正直言ってどんなストーリーだったか、ポスターの女の子以外の登場人物の存在すら忘却の彼方へと消えてしまっていた。

この映画の監督、ヴィクトル・エリセはあまりに寡作だということで有名で、その後2本の長編映画をほぼ10年おきに発表しているだけなのだ。この自分のペースを頑なに守るというのは僕にとってはお手本とすべき生き方ではあるけれど、彼と作品を通じてしか出会ったことのない僕にとっては10年のブランクというのは彼の存在をも忘れてしまう。
また、監督の意向なのか、長年DVD化がされていなかったようで、そのうえ日本国内には1セットしかプリントが存在しないということで、記憶に残る名作でありながらその後20年以上一度も観ることはなかった。

その「ミツバチのささやき」と、1984年制作の「エル・スール」(この2本は日本では1985年の同時期に一気に上映されたのだ!) のニュー・プリントが作成され、今、日本中を1ヶ所1~2週間ずつ巡回している。この9月には松本シネマセレクトの上映会としても企画されていたけれど都合が合わずに観られず、10月に長野ロキシー・松竹相生座で1週間上映されたのを観に行ってきた。

この「相生座」は現存する日本の映画館では最古のもので、明治25(1892)年に善光寺のお膝元の繁華街・権堂に建てられている。オリンピック・長野新幹線開業を契機に街の重心が長野駅前に移ってしまったこの権堂のアーケード街自体少々寂れてレトロな感じすらするけれど、それを悠に飛び越えて相生座だけは本当に時間が止まってしまっているかのような重要文化財的な映画館。
でもこの映画館のセレクトする作品はとても良質で、信州の映画好きの心の拠りどころのひとつと言っても誰も否定しない、そんな素敵な映画館だ。もちろん内部は改修されて、最新鋭ではなくても十分現役として活躍できる映写・音響システムを持っている。小さなハコなのでスクリーンも小さいが、それがまたアットホームで僕は好きだ。
ここで思い出の作品を鮮明なニュー・プリントで観ることができることの幸せ。

正直言って24年も昔の記憶は一部分しか残っていなくて当然なのだ。そんな当たり前のことを思って切なくなる2時間弱の上映時間。
そもそも、主人公・アナ(ポスターのつぶらな瞳の7歳の女の子)に姉がいたということすら忘れていた僕。ストーリーも本当にあやふやにしか憶えていなかったことに、青春の儚さと人間の記憶のいい加減さを改めて思ったのであった。要所要所のカットにはそれなりに記憶があったけれども、僕の中では断片的にしか残っていなくて、それがつながっただけでもなんだか泣けてきてしまう。

でも、制作から35年経っても決して色あせることのない名作。ハリウッドのような派手な効果も演出もなく、静かに淡々と進むストーリーだけど、こういう丁寧なつくりをしている映画にはなかなか出会えないものだ。最盛期には年間100本、今年も30本ほど観ている僕でも、その中でずっと心に残るそんな丁寧な作品は年に数本しかない。

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併映の「エル・スール」、1985年に観たつもりでいたけれど、内容がまったく記憶になく、実は今回が初観賞だったのだろうとその場で気づく情けない僕。
なにしろ、当時一番印象的と評されていた、8歳の主人公・エストリリャが落葉する秋の朝の並木道を自転車で出発し、すぐに15歳の少女に成長して帰ってくるシーン・チェンジを、僕は何一つ憶えていなかったのだ。

昔の記憶ってどうしてこんなにも曖昧で、都合のいいようにしか残っていないのだろう。
きっと、それが人間というものなのだ。
24年の歳月というのはそういうものなのだろう。


エリセ監督はまだスペインで健在だそうだ。もちろんゆっくりゆっくりと、1本1本の細い糸を紡ぐように丁寧に映画を撮り続けていて欲しいと願っている映画好きは間違いなくたくさんいる。
きっといつか誰もがすっかり忘れた頃に新作を人知れず届けてくれそうな気がしている。

主演の「永遠のつぶらな瞳の女の子」アナ・トレントは実年齢では僕より1歳年上で、今でも女優としてスペイン国内で活動しているそうだ。大人になって、人生の折り返し点を過ぎた今の彼女にどこかのスクリーンで出会えたらいいなとは思うけど、きっと簡単に気づくこともないだろうな。

記憶というものは、リフレッシュすることできっと確実なものになる。
僕らのメモリーはパソコンのメインメモリー「DRAM」のような揮発性メモリーではない。
常に何らかの形で残り続けている不揮発性メモリーなのだ。
だからこそ、リフレッシュが必要で、頻繁にアクセスして絶えずリフレッシュされている記憶についてはいつまでも色あせないものなのだろう。


だから、僕は心の向くままに、無理せず丁寧に、日々を生きていきたいと思うのだ。
大切な記憶はリフレッシュしながら、さまざまな新しい出会いもしっかり記憶しながら、ゆっくりと、丁寧に。
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【2009/11/28 01:26】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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