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永遠の笑顔、そして僕は歩いていく
今朝、もう5年以上闘病生活をしていた祖母が亡くなった。95歳(だったと思う)の大往生。
倒れてから結局立ち上がることはできず、目もほとんど見えなくなっていたけれど、頭と耳はびっくりするほどしっかり機能していて、最期までいろいろな人と話をできたのは充実した人生の終わり方にふさわしかったのではないかと思う。
結局、僕が最後に祖母に会ったのは4年前で、その後は両親やおじたちから話を聞く程度だったし、今も葬儀に参列できるかどうかちょっと微妙なところだ。
信州から鹿児島は遠すぎる。セントレアまで車を走らせ、飛行機に乗り換え、さらに鹿児島空港から市内までバスで、朝一で出ても着くのは早くて夕方だ。
信州まつもと空港から福岡、もしくは伊丹乗り継ぎで行くと空路3時間半ほどだけど、片道5万円近いうえに今乗るのがとても不安なボンバルディアのプロペラ機で、着くまでに神経を思い切りすり減らしてしまいそうだし。
それでもうちの近所に住む伯父は長男として駆けつけていったそうで、そろそろ着く頃だろうか。

そんなわけで僕ら孫世代には、近県にいる人、仕事を休める人だけが参列するように号令がかかっている。ほとんどみんな独立して生計を立てているし、西表島で僕と同様に自然と人間を結ぶ仕事をする従兄(彼は僕以上の自由人で、たぶんいとこ同士の中で一番波長が合う)も参列しないらしいので、とりあえず弔電を打つ準備をして次の号令が届くのを待っている。
とりあえず僕は既にスタッフとして参加が決まっている金曜~土曜のイベントに帰りが間に合うならば飛んでいこうと、今週は酒量を減らして待つことにした。

大正生まれの祖母は5人の子どもを産み育て、11人の孫、そしてまだまだ増え続けている曾孫たちに恵まれた。町医者の妻として昼も夜もないような生活を送るとともに、鹿児島も空襲に遭い疎開生活を余儀なくされたことなど、苦労の多い人生だったと思うけれど、僕ら孫が年に一度、夏休みに鹿児島にやってくるとそんなことは微塵も感じさせない笑顔の素敵な人だった。
僕もライターとしてもう少し世間に認められたら、そんな祖母の一代記を聞き書きしたかった。市井の普通の人々の生きてきた昭和の暮らしを残し、伝えることで、持続可能な暮らしのしかたを世に問うてみたかった。
寝たきりでも頭と耳がしっかりしていると聞いていたから、近い将来、きっとそんな日が来ると信じていたけれど、結局叶わぬ夢で終わってしまったのが本当に残念だ。

この夏、僕はとても素敵なひとりの女性と知り合った。まだ友人としての付き合いも始まったばかりだけれど、その人に初めて会ったときにどこか懐かしさを覚えたことで、もっと仲良くなりたいと思った。年齢も近くお互い独身だからそれが今後恋愛感情に発展することももしかしたらあるかもしれないし、友人同士としてもお互いの感性と知性を尊んで何でも語り合っていける人だという確信すら覚えている。
果たしてそれは何がもたらした思いなのだろうかと考えてみたら、まだ若かった頃の祖母の笑顔とよく似た笑顔を彼女がするからだったのだと、今朝ふと気づいたのだ。
その直後に母から電話で届いた訃報。もしかしたら夢の中で祖母が昔のままの笑顔でお別れを告げにきてくれたのだろうか。

疲れて深い眠りだった夜でも、一瞬眠りが浅くなって夢を見ることもある。でもそれは次の深い眠りに覆いかぶせられて忘れてしまうものだけど、断片が記憶に残っている朝もある。

ばあちゃん、ありがとう。僕はこれからもいろんな人やものや自然のいろんな形をつないでいくことを誇りにもって携わっていきます。本当に美しい自然のことや美しい人たちのことを書いて伝えていきます。
鹿児島の海と桜島の煙を、安曇野の広い空の下でときどき思い浮かべながら・・・
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【2007/10/01 17:13】 | 想うこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
お祖母様、大往生でしたね。
私の祖父と重なりました。祖父は、90を過ぎても一眼レフを持って出かけるほど、元気だったのですが、入院してから一気に衰えました。
49日など機会がありましたら、顔を見せに帰ってあげてください。
【2007/10/04 01:01】 URL | むら #iIR93Du6[ 編集] | page top↑
むらさん。
うちの祖母は倒れて身体の自由が利かなくなってからも、たくさんの人と話をするのが楽しみだったようです。だから幸せな晩年だったんだろうなぁと思います。
家族が遠方に散らばっているため、一気に49日の法要までやってしまうようですが、時間に余裕ができたら鹿児島に帰ってみようと思っています。

むらさんのお祖父様はとてもアクティブな方だったんですね。お互いご先祖様にしっかり顔向けのできる生き方をしていきたいですね。頑張りましょう。
【2007/10/04 09:56】 URL | nanook.azumino #-[ 編集] | page top↑
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