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空への憧憬
台風が接近している。強い風の吹かないこの場所でも、今は斜めから雨が降りつけている。
これからますます近づいてくるわけで、普段テレビをほとんど見ない僕でも今日は昼から垂れ流し状態なのだ。
ただ、台風情報ばかり見ているといくら自然を相手に食おうとしている僕でも疲れてくるわけで、今日はその合間に「鳥人間コンテスト」を見たりした。

琵琶湖。3年前に歩いて一周した懐かしい風景が画面いっぱいに広がる。歩きの旅では見ることのできない視点から、その大好きな風景を眺めることができる幸せ。

そして今、安曇野になぜ暮らしているのか考えをめぐらせてみると、ふたつの場所にとても大きな共通項があることに改めて気づく。
biwako_040515_06.jpg彦根市の浜辺で(05/15/2004)
それは、空の広さに尽きる。

思えば子供時代、空が失われていく中で育った僕にとっては、広かった武蔵野の空が原風景にある。
東京出身というといかにも都会っ子に思われるけれど、かつてあった故郷は新宿からわずか30分の距離にある大いなる田園だった。まだ開発される前の野原を走り回った意外と野生児な少年だった。
ただそれはもう30年も前の風景なので、今はその面影すら残っておらず、たまに実家に戻ると窮屈さを感じずにはいられないのだけど。
すなわち、失われた空を僕は常に想って育ってきたのだと思う。

だから空の広い場所への憧れは必然的に抱き続けてきた。
北海道を放浪し続けた20代前半の頃。どこまでも続く空の青さに、いつかこの空を飛んでみたいと思った。
それまで飛行機に乗ったことのない僕だったけれど、千歳空港や帯広空港に着陸するときに見える地平線の遠さにいつも心が躍った。それはどこまでも遠く、滑走路に着地してもいつまでも飽きることなく眺められた。

琵琶湖を旅した頃は、僕自身にとって一番苦しい時期だったと思う。だからこそ、その空の広さを求めて、決して空の狭くはなかった濃尾平野から関ケ原を越えてやってきて、月に何度か琵琶湖とその上に広がる大きな空を見るだけで不思議と心が落ち着いた。
ましてやそのほとりを歩いて旅していると、おのずと広い空と僕がひとつになる気分を味わってきたものだ。

そして今、この空の広い地に根を下ろす。標高700mの高原。西には3000m級の山々が迫り、東にも2000mを越える美ヶ原や霧ケ峰などの山々があるにもかかわらず、もしかしたら大好きだった富良野や十勝の大平原よりも空が広いのではないかと思えるほどだ。
たぶん山の美しさがいいアクセントとなって、より空が広く見えるのかも知れない。

琵琶湖の大空に向かって飛び立つ若者たちの姿を見ていると、形はまったく違うけれど、空に永遠の憧れを抱いて旅をすることは素敵なことなのだと改めて感じる。
僕らは道具の力を借りなければ自力では飛ぶことのできない弱い生き物だけれども、それでいいのだとも思う。

biwako_040613_19.jpg草津市から大津市へ抜けるなぎさ街道より(06/18/2004)

そんなことを考えていると、大好きな「Little Wing」が頭の中を回り始める。それもジミヘンのオリジナルではなく、なぜだかスティングのカヴァーした方が。ちょうど北海道放浪時代にリリースされ、カセットテープが擦り切れて音が割れるまで聴き込んでいたのだ。
このアルバム「Nothing Like the Sun」についてはたくさんの思い出があるので、それはまた次の機会に書くことにしようか。

台風の雲の向こうには、とてつもなく大きな星空が広がっていると実感しつつ、激しくやむことのない雨風の音の中に今夜も更けていく。
今のところ雨戸を閉める必要はなさそうなのだけど、台風の進路が少しでも西寄りになればこの地も明日の午前中ぐらいは暴風雨の中だ。
あまりに暑すぎる夏に消耗しきっても、けなげに新しい実をつけているトマトが倒れなければよいのだけどな。

CIMG4155.jpgそして安曇野の夏空
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【2007/09/06 22:08】 | 想うこと | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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コメント
また見に来ます。(^^)/
【2007/09/06 23:42】 URL | yamashita #-[ 編集] | page top↑
琵琶湖の一部を一緒に歩いてから3年経つのですね。6月の時は、いいお天気で青空いっぱい写ってました。当時の写真を見るといろいろと思い出しますね。
【2007/09/07 00:35】 URL | むら #q6w0XE.s[ 編集] | page top↑
写真アップしておきました。
3年前の空の美しかった日の写真です。
おまけとして先月末の雲の美しかった日の安曇野の写真をつけておきました。

yamashitaさん、ご訪問ありがとうございます。
ぜひまた一言残してやってくださいね。
【2007/09/07 11:13】 URL | nanook.azumino #-[ 編集] | page top↑
むらさん。
早いものですね。あの頃は、いつかは安曇野か北海道に住むことになるだろうとは思っていたけれど、こんなにも早く安曇野に住むことになっていたのには我ながらびっくりです。
台風一過の青空が少しずつ広がり始めてきました。
今週末は穏やかな秋空になりますように。
【2007/09/07 11:15】 URL | nanook.azumino #-[ 編集] | page top↑
たった3年。でも、この3年で私の生活環境は大きく変わりました。親の老いは、避けられないものですね。段差のないバリヤフリー、優先座席、今更ながらありがたさが分かりました。
ネットもADSLから光へ。niftyからmixiなどなど私自身もいろいろ変わってます。振り返ってみることも大切かもしれませんね。
【2007/09/07 22:59】 URL | むら #iIR93Du6[ 編集] | page top↑
滋賀県民なので、琵琶湖は常に身近な存在ですが、湖岸に出るといつもその開放感にほっとします。
広がる空と湖面、控えめな波音も、海とはまた違う穏やかさがあっていいものです。
湖北にある余呉湖も、小さな湖ですが素晴らしいですよ!
おごりなき存在感、というのをひしひしと感じて、なんだかとても感激したのを覚えています。
【2007/09/08 23:56】 URL | ナミ #JTqBLeqM[ 編集] | page top↑
むらさん。
お互いこの3年は大きな変化のあった時期でしたもんね。僕の場合この1年のドラスティックすぎるまでの変化にいまだに対応できていない気がするのですが、たぶんどんな変化であれしっかり受け入れていくことが大切なのだと思う今日この頃です。
最近読んだ本は「ゆるすということ」という自己啓発書です。無条件に赦し、認めることが必ずしもいいわけではありませんが、そのときそのときの状況に応じてフレキシブルに対応できる人間性を保っていたいと思うのです。
むらさんの現状は「ゆるす」という点では本当に辛い状況だと思います。同じ辛さを知らない僕が何かを言ったところであまりに無責任で意味は持たないものでしょうけれども、そんな中でもどうかご自分を赦してあげてくださいね。それが僕からの応援のささやかな気持ちです。
【2007/09/10 03:55】 URL | nanook.azumino #-[ 編集] | page top↑
ナミさん。
今日、(というかもう昨日ですね。体内リズムが狂ってしまって眠れない夜なのです。)名古屋で半日空き時間ができてしまったので、青春18きっぷを使って早速余呉湖を訪問してみました。
今まで電車の車窓にしか見たことのなかった湖ですが、「おごりなき存在感」、しっかりと感じとることができて、元気をもらってきました。生命の匂いがそこにいるだけで感じ取れる素敵な場所ですね。

ちょうど周囲の田んぼは稲刈りが最盛期、まだ暑い日にもしっかりと実りの歓びを感じることができたのも嬉しかったです。

ナミさん、ありがとう!こまめにコメント書いてくださる中に知るナミさんの感性には、本当にいい刺激をもらっています。これからもビール仲間としてだけではなくよき友人としてよろしくお願いします。
【2007/09/10 04:05】 URL | nanook.azumino #-[ 編集] | page top↑
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