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ここ数日の出来事、新blogオープン、そしてiPad
なんだかんだで自分の時間が持てなかったこの1週間ほど。
blogをゆっくり書く余裕がまったくなかった。

つまり、日々を振り返ることができなかったわけで。

そのうえ、昨日からずっと頭痛が続いていて、仕事もまともにできず。
昨日の美しい青空から、今朝の冷たい雨。
気圧と湿度のあまりに激しい変化に体がついていけていないのだろうな。


友、遠方より来るあり。
最近あまり飲まなかった日本酒を、久しぶりに毎晩飲んだ。
お互い抱えているものはいろいろあるけれど、本音で語れる旨い酒。

写真を撮る友人を案内して、久々に僕も本気で写真を撮った。
奇蹟のワンショットもいくつか撮れた。
たとえばこんな写真たち。スナップショット。
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1月26日、LotusCafe最終日。感謝の時間。
チャーリーさん(perc)、負けズ犬・シンちゃん(g,perc,vo)、新婚のますみさん(歌、三線、三板、vn)と芸達者が揃い踏み。
安曇野ジャグバンドの元メンバーも何人か集まり、延々2時間以上のジャムセッション。
ああ、楽しいなぁ~ 幸せだなぁ~
それ以上の言葉は出そうにない、素晴らしい時間だった。
僕も久しぶりにベースを弾いた。今年もベースを弾く機会はいろいろありそうだから、しっかり練習しよう。
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タカハシさんの旅荷物がインド・チェンナイからひつじ屋に届いた。
無事に29日からひつじ屋としての営業再開できるといいね。

荷物といえば、この日はかなちゃんの引越し。
望さんに軽トラ持ってきてもらって、一気に新居に運び込む。
すぐご近所になったので、これからちょくちょく酒持って訪ねることになるんだろうな。
これからもよろしくね。
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WeatherNewsサポーターとしての空リポート、去年の年末から本格的に毎日やってきたけれども、空の写真は天気予報の精度向上に一役買っているだけでなく、それだけ見てもなかなかキレイだ。
それを残しておく場所として、新しいblogをひとつオープンしたので、お知らせします。

ソラヨミ日和 from 安曇野」 http://www.matsuaz.com/TerraSunWeather/
メインblogは引き続きこのblogを使いますが、ソラヨミ日和もぜひご覧くださいませ。

余裕がありそうなら、Twitterかスナップ写真つぶやきサイトのflickerにも手をつけたいのだけど、果たしてどうなることか。まずはソラヨミ日和の継続が先だな。


DSCN6676_200.jpgこれは僕のiPhoneだけど・・・
そして、今朝、ついにiPad発表! 日本での展開がどうなるかまだ読めないのだけど、iPhoneアプリ開発者としてはターゲットが増える分楽しみも大きい。何より画面サイズで今までiPhone/iPodTouchではできなかったアプローチが可能になるのは面白い。
その分開発の手間が増えるのが大変だということもわかってはいるけどね。

たぶん、WiFi専用で僕も買ってしまうんだろうな。わくわく。


停滞しているんだか進んでいるんだかわからない僕のここ数日だけど、明らかに気持ちはさらに前を向いている。
あとはこの頭痛さえおさまれば・・・ううう
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【2010/01/28 07:33】 | log | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
中越逃避行・2010新春(後編)
1月19日。
日付が変わっても雨は一晩中降り続いていた。落雪の激しい音と揺れで何度も目を覚ました。
三角屋根は雪下ろしがいらない代わりに頻繁に落雪することは、安曇野の暮らしでも良く知っていたが、この地の雪の多さ、湿っぽさはより一層その衝撃を大きなものにする。
部屋の暖かさゆえに深い眠りに落ちては落雪の衝撃で目を覚ましというのを繰り返しているうちに、いつの間にか朝。
雨はすっかりやんでいた。
DSCN6480_256.jpgDSCN6479_256.jpg
昨夜のうちに買い込んでおいたパンをかじって簡単に朝食。
そしてあっという間に小さなログハウスの快適な朝が過ぎていき、出発の時間に。
加藤さんに挨拶をして一夜を過ごしたログハウスを後にする。今回は交通機関の乱れで到着が遅くなり、ゆっくりお話しすることができなかったのが心残りだけれども、遠くはないところだからまたすぐに帰ってこよう。

来迎寺駅で18きっぷに改札印を押してもらう際、「穂高駅発行」に気づいた駅員さんから「今から穂高に帰れるの?」と訊かれる。いくら隣県とはいえ、穂高という名前がさりげなく出てくると嬉しくなるものだ。
まっすぐ帰ればほんの5時間。でも18きっぷ1日分は軽く元がとれる距離。

僕が今日これから向かおうとしている先は、「魚のアメ横」で有名な寺泊。
市町村合併で同じ長岡市になった場所で、車で向かえばほんの40分ほどの距離なのだけど、各駅停車の旅で一番効率のいい乗り換え方を選んでもこの時間は2時間もかかってしまう。
信越線で柏崎へ、さらに越後線に乗り換えて寺泊へ。ずいぶんと長い旅だ。

でも到着はあまりにあっけなく。気がつくと寺泊駅に電車は滑り込み、慌てて降りる。どうもそのときにニット帽を落としてきたようだ。
確か大阪ミナミのアメリカ村で300円ぐらいで買ってきた安物のニット帽。いつの間にかダラダラに伸びてしまって心地悪かったけれども、なくなってしまうと本当に寂しいものだ。
何かこの日に僕に降りかかってくる悪いことに、ニット帽が身代わりになってくれたのだと思えば、感謝の気持ちになる。
代わりのニット帽を今度探してこよう。それが供養というものだ。

DSCN6488_200.jpgDSCN6492_200.jpg
「魚のアメ横」はオフシーズン、閉まっている店も多く人もまばら。大雪直後で入荷量も少なかったようで、あまり心を惹かれるものは見つからず。
ふらふらっと歩き回り、帰りに残っていたら買っていこうというものを見繕うものの、今ひとつ惹かれるものはなかった。
まだ活きのいい好物のメガニ(ズワイガニのメス)が安かったのだけしか目につかなかった。でも5匹で1000円。一人暮らしの僕には5匹もいらない。せめて2匹にならないだろうか。後で交渉してみよう。

今日一番のお楽しみは、この寺泊の地で美味しいビールを作るブルワリーを訪ねること。「魚のアメ横」からさらに5kmほど行った先にある。寺泊の町までは1時間に1本あるバスも、その先へは極端に便数が減るが、市場をひやかすにはちょうどいい待ち時間だった。

やってきたバスの乗客は僕ひとり。それも普段からほとんど誰も乗らないバスのようで、乗ろうとすると運転手さんから「このバスでいいんですか?」と訊かれる始末。なんとか中高生やお年寄りの通院の足として維持されているものの、既に役割をほぼ終えてしまっている哀しいローカルバス。
「地ビールレストランに行きたいんですけど」と言って乗り込むと、10分ほどで到着。フリー乗降区間なので、あらかじめ行き先を告げておくとその前で降ろしてくれるのだが、降ろしてもらったのは「市坂」という正規のバス停だった。海の眺めのいい一角に今にも朽ちそうな待合小屋のある、その部分だけは時間が止まっているようなバス停。
でもすぐ後ろには、小ぢんまりとしたリゾートホテルとその別館の日帰り温泉施設、いくつかのレストランなどが肩を寄せ合って立っている、そのギャップがとても面白い場所だった。

DSCN6497_200.jpgDSCN6501_200.jpg
そのレストランのひとつが「日本海夕陽ブルワリー」。熱心なブルワーさんが毎年コンペティションに出品して、必ず入賞している素晴らしいクオリティで僕も好きなブルワリー。でも、少人数で運営しているとのことでビアフェスには毎回樽を送ってくるだけでブルワーさんとは残念ながら面識なし。
今回も思い立ってのアポなし訪問だけに会える可能性はほぼゼロだけど、それでも醸造タンクから出したばかりのビールを飲めるだけでも、僕にとっては念願かなっての時間だ。

ビアフェスでおなじみの「コシヒカリラガー」も安心して飲めるうまさは変わらず。現在飲める4種類すべて、とても高クオリティだった。(詳細は別記事にて)
今年もビアフェスでの「再会」が本当に楽しみだ。
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すぐ隣の日帰り温泉施設「太古の湯」で、酔い覚ましをかねての入浴。
海辺の温泉で、経営者の情熱で源泉を掘りなおしたとのことだったので、傷にしみるほどとても濃い食塩泉であることを期待していたけれども、残念ながら加水循環のようで、お湯の力強さをほとんど感じられなかった。隣にブルワリーがなければ「二度と・・・」なんだろうな。でも、ブルワリーを訪ねると、ランチビールだけでは帰りのバスまでの時間をすっかり持て余してしまうので、たぶんまた何度となく寄る気がする。
まぁ、浴感はサラリとしすぎていたけど、やはり食塩泉、しっかり体の芯まで温まっていたからよしとしよう。

バスの乗り継ぎが必要だったので、「魚のアメ横」に再び。メガニ2匹(400円)にしてもらうことに成功し、サンマの糠漬け(越前や丹後では「へしこ」と呼ばれるもの)と一緒に包んでもらう。しめて900円。これが今日のお土産だ。

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寺泊駅から、越後線で吉田、弥彦線に乗り換えて東三条へ。
接続の時間次第では、ご当地ラーメンの「燕三条系」と呼ばれる魚介系の醤油味スープに背脂たっぷりが太麺となじんでいる比較的ガッツリなラーメンを食べたいと思っていたけれど、東三条駅周辺には「燕三条系」のラーメンを食べさせてくれる店はなかった。
でも、さすがに「石を投げれば社長に当たる」というほどの古くからの中小の町工場が多い町だけに、数多くの職人さん工員さんたちに愛されてきたB級グルメの宝庫、ここにはもう一個興味深いご当地ラーメンがあった。
それが「三条カレーラーメン」。
ケータイで東三条駅の近くの店を探し、訪れたのが「佐藤屋食堂」。
本来は醤油味の「三条っ子ラーメン」が看板メニューなのだそうだけど、僕はやっぱりカレーラーメンを食す。
鶏がらのベースの中に昆布や煮干の香りが、それだけでも美味しそうな醤油ラーメンに、具は豚肉と玉ねぎだけというシンプルなカレールーがかけられたカレーラーメン。辛味はマイルドで、縮れた細麺にスープがよく絡んでおいしい。もう少しお腹がすいていたら、ご飯と一緒にいただきたい、そんな素朴な美味しさに大満足。
帰りに「三条カレーラーメンマップ」というのをいただこうとしたら、「今届いたばかりでたくさんあるから、何枚でも持っていって」とご主人。遠慮がちに5枚ほど頂いてきたので、ご希望の方には差し上げます。
僕が今製作中のiPhoneアプリのコンテンツの新潟編を作ることになったら、そのときはぜひ三条カレーラーメンマップをコンテンツのひとつとして載せたいなぁ。
嗚呼、B級グルメ、万歳! お高くとまった高級郷土料理よりも、こういうお手軽な食べ物の方が、暮らすように旅をしたい僕にとっては大きな楽しみなのだ。
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特急並みのスピードで、実際に一昔前の特急用車両を使っている快速「くびき野」に乗り、直江津へ。やはり昼酒の影響か、昨夜の眠りが不規則になり過ぎたのか、めちゃくちゃ眠くなって、とてもよく眠れた。でもこれで、アルコールは完全に抜けてスッキリ。寒い中アルコールが残っていて長野の駐車場で動けなくなることはとりあえず避けられたかな。

直江津で長野行きの普通列車に乗り換え、足を投げ出して読書。ここ数年、読書量が極端に減っている理由は、普通に暮らしていてもあまりアイドルタイムのない状況に求められるのはわかっていた。都会のサラリーマン時代は、電車通勤で毎日1時間半以上は読書に費やすことができたのだから。
安曇野暮らしでは基本的に普段の移動は車か暖かい時期なら自転車。当然移動途中に本は読めない。
だから旅の醍醐味は読書にあるのかもしれないな。もちろん普段見られない風景だから、明るい時間は車窓にくぎづけになるけれども、単調な風景だったり、夜間の移動だったりではやはり読書が一番。

21時半前に長野駅に帰着。
そこから1時間半運転して日付が変わる直前に帰宅。2日間の短い旅だったけれども、寒さに凍りつきそうだった僕のクリエイティビティが、少しは溶けてきたようないい感触をもって帰ってくることができただけでも、有意義な旅だった。
【2010/01/27 23:47】 | ちょっとお出かけ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
中越逃避行・2010新春(前編)
ryoma-koseisai3_32.jpg別にこの人のせいじゃないけど・・・
本当は四国にでも行こうかと、2日分温存しておいた今期の青春18きっぷ。
ところが先週の大寒波の影響で安曇野を脱出できず、最終有効期限まであと3日という状況になってしまっていた。

これでは四国はとても無理だ。仕方がないので、もっと近場で、でもこういう機会でもないとなかなか行かないところに行こうと思った。

そこで白羽の矢が立ったのが新潟県中越地方。
越後湯沢、石打、上越国際、六日町、そして八海山。僕が若かりし日によく行った雪山のある地域だ。
たぶん今の僕にはしっくり来る場所。それも、交通が完全に麻痺するほどの豪雪の直後。いかにも僕が好きそうなシチュエーションだ。


正直言って、ここ数日妙な閉塞感に僕は襲われていた

創りつつある仕事は、順調とは言いがたいながらも別に行き詰っているわけでもなかったし、何も予備知識のない状態から新しい価値を生み出すという行為には大きなエネルギーが要ることもわかっていたから、そこから来る閉塞感ではなかったのも間違いない。
強いて言うならば、あまり人と話す機会がなかったことに尽きるのかもしれない。
結局ひとりで暮らしひとりで仕事をしている以上、アイドリングタイムに誰かに会いにいくしかないのだけど、今年に入ってから誰かとゆっくり電話で話すことも一度もなかったし、「Lotus Cafe」も最近はお昼時が大盛況で、文字通りあの「ひつじ屋」の小さなテーブルで「膝を突き合わせて」語るような機会も先週後半は一度もなく、結局はひとり。
まぁ、ひとりの時間を愛している僕だから、人からそれが苦痛とはまったく見えないわけで。

どうせひとりでいるなら、旅をしよう。
だって僕は旅人なのだから。

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おりしもちょうど、「地球の歩き方の歩き方」という本を図書館で借りてきて読んでいたところだった。
かの個人自由旅行のバイブル「地球の歩き方」を世に出した人たちのことを書いた素敵なノンフィクション。そう、彼らもひとつの革命を成し得た人たちなのだから、ますます「革命家好き」で自らも「心優しき革命家」を目指す者としての気分は高まっていたわけで。

でも、なんだか今回の旅はのんびりしているようで、時間との闘いのような気がしている。
ちょうど半分が終わった時点でそう感じているのだ。

まず出発からして本当にバタバタ。昨夜のうちに送っておいたと思しき大事なメールが未送信のままになっていることに気づいたのが運のツキ、今日は本当に一日、いろんな意味で時間という概念を考えさせられた一日だった。
明科駅で乗ろうとしていた電車に間に合わず、やむなく長野まで車で行く。

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駅からちょっと離れた24時間700円の駐車場に車を置いて、東急でいろいろ買い物していたら、あっという間に予定の電車の発車3分前。地下道を走り、コンコースを走りぬけ、汗だくになりながら飯山線のディーゼルカーに乗り込む。
ところがこのディーゼルカー、「大人の遠足」に行くと思しきリタイヤした世代の旅行者グループが1両の半分を占拠して大騒ぎ。この世代の人たちの群集心理って本当に「旅の恥は掻き捨て」を当たり前と思っているようで本気で怖い。まだヤンキー高校生の方が僕はとっつきやすいのだ。

そんな厚顔無恥な行動を見ざる聴かざる言わざるで旅の車窓をやり過ごしたかったけど、実際は心がすっかり乱れていたわけで。彼らが飯山駅で下車したときは本当にホッとしたのはここだけの話。
当初彼らは北飯山駅で下りると大声で言っていた。もし彼らと話す機会があったなら、「仏壇でも買いに行くんですか?」と悪態のひとつやふたつついていたかもしれない。掻き捨てるような旅の恥には、もっと恥をかかせることで対抗したいと思うけど、たぶん彼らはなんとも思わないんだろうな。
そのバイタリティが日本を成長させてきたのは確かなのだから。
実際、僕はこの世代の人たちにはサラリーマン時代にずいぶん泣かされたものだ。つまり彼らも「新人類」の僕らに大きなジェネレーション・ギャップを感じていたわけで、その分冷たく当たられたのかもしれない。
お互い様と我慢するしかないや。いまだになかなか素直になれないんだけどね。

話を戻すと、北飯山駅周辺はお寺も密集しているけれど、日本有数の仏壇商店街。それは紛れもない事実なのだ。

そしてその北飯山駅から乗ってきた高校生の女の子たちのあまりに不釣合いな服装と足元に、なんだか安心してしまう僕なのであった。
僕が高校生だった頃、このあたりの女子高生は上は制服のブレザー、下は不釣合いにヘビーデューティなズボンだったりした。(今で言う「パンツ」なんていうかわいいもんじゃない、ただのズボン!)
でも今の雪国の女子高生はちゃんとスカート。暖かい素材のストッキングが安価に普及したおかげで、無理して生足で過ごすことも、やや懐かしいハニワちゃんスタイルになることも、どちらも必要なくなっているのだ。
彼女たちの足元は、「雪国着用率No.1」ソレルのブーツだったりカラフルなゴム長だったり、本格的雪国仕様。

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途中、除雪作業や遅れていた対向列車との行き違いのために最大30分以上遅れ、十日町には20分遅れで到着。
ほくほく線への乗り換えは時刻表どおりだとわずか10分、たぶん間に合わないだろうなと思っていたらほくほく線も20分遅れで走っていた。
乗り換えられなかったらこの豪雪地帯で一番大きな街をしばし散歩してみたかったけど、それはまたの機会に。

しかし、六日町で足止めを食らってしまう。石打駅付近で小さな雪崩が起きて線路に流れ込んだため、上越線が運転見合わせとなってしまったのだ。
これから除雪作業と線路の点検をして、何も異常がなかったとしても動き出すまでには2時間以上かかるのは間違いない。
だったらどこか温泉に入っていこう。

ふと、バスの時刻表を見ると、5分後に出るバスがある。このバスで一度行ってみたかった五十沢温泉へ。
ここは消雪パイプに流すための井戸を掘っていたら湧出した温泉だと言う。豊富な湧出量と肌触りがやさしいながらも力強いお湯はなんとも魅力的。
中でも「ゆもとかん」は混浴の大きな岩風呂と露天風呂がウリで、混浴愛好家たちにもよく知られた存在だそうだ。
話のタネにと僕も行ってみる。

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しかし何一つ「オイシイ」思いはすることなく、0度近い寒空の下の露天風呂でひたすら半身浴をしていたらあっと言う間に全身から汗が噴き出すほどのお湯の力強さに納得しながら帰りのバスの時間に。
また訪ねてみたい温泉がひとつ増えた。あ、別に異性の裸が見たいわけじゃないよ。そんな欲望は別の手段で解消する僕なのは皆さんご存知の通り(爆)。パートナーがいれば僕はその人だけで十分満足するわけで。そういう相手がいなくてどうしても女性の裸が見たければ、ストリップにでも行けばいい。
温泉はあくまで温泉。ボートはボートだし、ファックはファック。(すみません、村上春樹の引用です。)

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いい気持ちでバス通りに戻るも、帰りのバス停がどこにも見つからない。ローカルバスの停留所は上下線両方のバス停を兼ねていることもあるのでもしやと思い逆方向のバス停を見るも、駅行きのバスの時刻表はなく、上下線独立したバス停なのだと一瞬パニックになる。ふらふらと周辺を探すもやっぱり見つからず、ちょうど通りかかった住民の方に聞いてみると、なんと雪の中に埋もれていたのを発見! すごい豪雪だったことがこんな場でもわかってしまう。

無事に六日町駅に戻ってみると、上越線はまだ開通していなかった。駅員さんに状況を聞いてみると、30分後メドに運転再開の判断がなされるとのこと。
時間まで駅前の商店街を歩き、地酒の豊富そうな酒屋へ。この地はかの銘酒「八海山」の醸造元のある町。都会やほかの地方ではプレミアつきで売っている「八海山」も、ここなら町の小さな酒屋でも定価で買える。
その八海酒造では地ビールも醸造しているが、雪深いこの時期は公共交通機関でたどり着くのが困難な場所にブルワリーとレストランがあるため、今回の旅では寄ることを諦めていた場所。
だから駅近くで買えればぜひ買って宿で飲もうと思っていたら、ここにその「八海山泉ビール」が3種類売っていたので、個人的な好みで2本選んで買っていく。(インプレッションは別途)
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駅に戻るとすぐに、復旧後の一番列車が越後湯沢駅を発車したとのアナウンスが入る。復旧まで予想通り3時間かかったけど、これで無事に先に進める。

今夜の宿は長岡市の旧越路町にある「加藤ゲストハウス」。
来迎寺駅を下りて季節外れの雨で足元がべちゃべちゃでとても歩きにくい中、迷いながらなんとか到着。
敷地内の小さなログハウスに泊めていただく。
暖かな夜だったこともあるけれど、このログハウスがとても暖かく過ごせることがわかって、僕もいつかログハウスをセルフビルドで建てたいという思いを新たにした夜。

夕食がまだだったので、駅前の居酒屋「わかば家」へ。この大雪にもかかわらず、魚の鮮度のよさには改めて感動。店の大将との会話も楽しく夜は更けていく。

(以下、後編に続く)

※1/27 写真追加で再アップしました。遅くなってスンマセン。
【2010/01/18 23:20】 | ちょっとお出かけ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あれから15年。そしてまた・・・
DSCN6371_1600_256.jpgつとめての 雲海上空 気球舞う

今年もまた1月17日がやってきた。
毎年同じようなことを書くのも申し訳ないので、今年思ったことをひとこと。

地震はこの地球上、いや、日本という小さな島国だけに限っても毎日どこかで起こっているもの。
だから、ここで暮らす以上はそのリスクから逃れることはできない。

でも、心構えと工夫次第で、落とさなくてもいい生命をしっかり守ることができるはずだ。

地震のような天災に限らず、常に生命の危険と隣り合わせの趣味を持ってきた僕だけど、
正直言っていざというときに何もできないかもしれない。

だからこそ、現実を直視して、できることはやっていこう。
それが生き延びてきた者の使命なのだ。


先日のハイチの大地震のことは、僕らも心が痛んでいる。
失われた生命は15年前の日本の震災の40倍もの人数になるかもしれないとの情報まである。

さっき、「Lotus Cafe」に寄ったら、チャーリー宮本さんから「安曇野のミュージシャンたちで支援コンサートをやったらどうだろうか?」と声をかけられた。
もちろん僕は二つ返事で「やりましょう。いや、やらなきゃいけないと思います。」と答えた。

そう、音楽には国境はない。
人が音を楽しむことは、グローバルに普遍的なことなのだ。
苦しいときも辛いときも。

こういうときこそ、チャーリーさんの掲げる「国境なき音楽団」の旗がますますもって生きるのだ。

歌が、音楽が、人々の勇気になる。
その勇気は、人と人をつなぎ、いくつもの命をつないでいく力になる。
僕らはそう信じている。

Love & Peace.


公演詳細決定次第、このblogでもお知らせします。
【2010/01/17 23:39】 | ひとこと日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
小正月、御礼参り、月食、そして、また雪。
1月15日。
昭和の時代に子どもの頃を過ごした僕らにとっては、この日は正月明け間もなくに迎える祝日としてしっかり体に染み付いていた日。この祝日があるおかげで、ただでさえ短い3学期がますます短く感じるものだった。
そう、つい11年前まではこの日は「成人の日」だった。

20歳の僕の1月15日を思い出してみる。
東京郊外の僕の育った町では、成人式は中学校単位に席が決められ、「恩師からの祝いの言葉」などがあり、それはそれで盛り上がるという。
でも、僕は中学から地元を離れてちょっと遠くの学校へ電車通学していたため、僕の座るべき席はそこにはなかった。
だから成人式というものはどこか遠い世界のものに過ぎず、その当時から成人式で暴れる連中がいたということはフィクションを読んでいるような、まったく実感のないものだった。

そんなこともあって、この日は僕にとってはあくまでも「小正月」。
国家制度がどんなに変わったとしても、この日はやっぱり小正月なのだ。

小正月といえば、小豆粥を食べる日。
僕も去年大量に取れた小豆を持て余していたので、今年はちゃんと小豆粥を炊いてみた。
もちろん米は自分たちで育てたコシヒカリの玄米。
玄米を乾煎りして香ばしい匂いを出して土鍋に入れ、水と昆布、そして一晩ひやかしておいた小豆を混ぜて炊く。ほんの少し、ヒマラヤの岩塩を振りかけて。
やや小豆が硬くなっていたけど、それでもおいしく炊けて大満足。
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地域によっては小豆粥の中に焼いた餅を入れたりするという。4日前の鏡開きで割った餅がかびないうちに使うということでまったく理にかなっている。
そういえば、Mさんにいただいた餅があったっけ。でも、別のことでコンロの口が埋まっていて平行して餅を焼けなかったので、今年は餅なしのオーソドックスな小豆粥で済ませてしまった。
安曇野はそもそも小豆粥を食べる習慣があったかどうかも怪しいし、あったとしても餅を入れるかどうかもよくわからないけど、日本の各地の伝統的な食文化はどんなカタチであれ受け継いで次の世代へつなぐのが、僕らの役割なのも間違いない。

食文化の話をし始めると、とてもタイムリーな話題につながっていく。
シー・シェパードによる調査捕鯨への妨害活動。
どちらが攻撃を仕掛けてきているのかは正直なところよくわからないし、わざわざ南氷洋まで出かけて鯨を獲るということは決して正しいことではないという思いがある一方で、鯨を食べるというのは日本古来の食文化であるのも間違いないわけで、とてもアンビバレンツな思いを抱いている。
そもそも僕の世代は給食の人気メニューに「鯨の竜田揚げ」があった世代なのだから、鯨を食べられないのは食文化の断絶だというのも正直な思いだ。
でも、いまさら南極まで獲りに行った鯨を食べるということには大きな抵抗もある。まずフードマイレージ的にまったく不合理だ。そして、そもそも南極まで鯨を追い回さなければ獲れないという環境を作ってしまったのも我々日本人なのだ。
鯨のもつ知性だなんだということを言い出したら、それは感情論というか、古いカトリック的な倫理観の産物であって、八百万の神のいる日本では受け入れられないものだと思うけど、そういった感情をまったく抜きにしても南氷洋への捕鯨船団の不合理さばかりが目につくわけで。
そもそも、鯨って近海で獲れるものだけをその港に近い村の人々だけが海の恵みに感謝していただくというようなものだったはずだ。それが、なぜ学校給食に上がり、日本人の体位向上に一役買うことになったのかから考えてみなければいけないと改めて思う。

西欧文明の倫理観と日本人のノスタルジアというふたつの感情がぶつかり合うだけでは何も生まれてこない。ただそこには争いが起こるだけ。
だから、僕は南紀のような鯨食が一般的だった地域に行ったときぐらいしか、今は鯨を食べようなどとは思わない。


閑話休題。
小正月のことを話すのが本題だった。

この日が成人の日という祝日であったことは、この日に「初観音」の縁日を催すお寺が多かった。
本来の初観音は1月18日。それに一番近い休日を選んで厄除けなどの行事が行われてきたようだ。
最近では成人の日が年ごとに違うこともあって、中信平の厄除け観音のお寺ではそれぞれ開催日が違うほどだ。今年の場合は1月11、12日というのが多かったが。

僕も昨年後厄で、この正月で無事に厄が明けた。
もっとも無事に厄年を過ごしきったという気はまったくしないのだけど、それでも厄除けをしっかりしておいたことでなんとか命がつながったのかもしれない。
あまり信心のない僕だけど、とりあえずご祈祷と施しを受けた者として、ここは御礼参りに行っておこう。
今年はちゃんとご祈祷してもらおうとは思わなかったけど。

雪が残る山麓線からサラダ街道を走りぬけ、朝日村の古川寺(こせんじ)へ。
ここは今も1月15日に初観音の縁日を行っているお寺。今年はこの日は金曜日。予想通り駐車場の入り待ちもなく、スムースに御礼参りを果たしてきた。
去年までの3年間、僕自身の中で少し歯止めをかけてきたことも、これで心おきなく解禁できる。
さぁ、これから羽ばたいていくとするか。
もちろん、急がず焦らずゆっくりと着実にいこう。
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そしてこの日は新月。そこに部分日食が絡むという、ものすごく強いパワーの新月なのだ。
願い事はさっき古川寺で少しだけ唱えてきたけど、できることなら日食の夕日に向かってもう一度唱えてみたかった。
とりあえず、信州も日食がわずかながら見えるエリアには入っていたけれど、あいにくの曇り空、それも今にも雪が降り出しそうな雲が夕方からどんどん流れ込んできていた。

でもネット社会のありがたさかな。たびたびここで書いている「SOLIVE24」で鹿児島から中継するとのことで、僕はMacの画面にそれを映して眺める時間を過ごしていた。あまりの神々しさに言葉が出なくなり、願い事を唱えるのを忘れてしまったけれども、それもまたご愛嬌。
とにかくここが今年の僕のスタートライン。無理せずのんびり、でもほんのちょっぴり頑張っていけばいい。

2010年、どんな一年にしていこうか。お楽しみはまだまだ始まったばかり。
でも、2009年をちゃんと振り返ってなかったな。旧正月まで、まだ少し時間がある。

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「夢を語って近づけよう」ドリカム新年会2010 @安曇野地球宿
1月30日(土)開催。 詳しくは地球宿イベントブログをご覧のうえ、安曇野地球宿へお問い合わせください
【2010/01/16 21:50】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
Welcome back, Mac!
僕がパソコンと暮らすようになって早くも20年以上の日々を過ごしてきた。
その間、パソコンというものは僕にとっては知的だったり芸術的だったり、そんなクリエイティブな作業を補助するツールとしての側面と、遠く離れた人たちとのコミュニケーションのツールとしての側面を一貫して持ち続けてきた。
つまり、パソコンという存在はあくまでも「手段」。これが「目的」や「結論」になることはありえない。

今となってはその7割以上の時間は、PC/AT互換機~Windowsマシンとともにある。

でも、僕にとっての原点であり、一番楽しかった時代には、必ずMacintoshがそばにあった。

20年前、大学3年生だった頃、指導教授が研究室に当時100万円ほどしていたMacⅡを導入したところに僕のMacとの付き合いが始まり、社会人2年目に廉価版のMac LCというモデルを買ってからは仕事ではDOS,Windows、プライベートではMacという生活を7,8年は続けていたと思う。
最初は「借金トッシュ」と揶揄されるほど高価なものだった。僕も2ヶ月分の給料を叩いてMac LCを買ったので、生活費はまさに親から借金して暮らしていたわけで。
ああ、哀しきかな、借金トッシュ。

その後、Macのために借金をするようなことはなかったけれど、気がつけば、ブラウン管一体型Power Mac、初代iBook(貝殻型)と買い換えて7,8年は暮らしていたのだ。

でも、仕事を家に持ち帰るような忙しい立場になってしまってからは、なかなかMacをいじっている時間もなくなり、家で使うパソコンもIBM ThinkPadにいつの間にか移行してしまい、半農半自由業となった今もごく最近まではIBMブランドを離れたThinkPadを使うようになっていた。いつしか家での使用年数もWindowsマシンの方が長くなってしまった。

ところが、昨年、ひょんなことからiPhoneを手にしたあたりから、また手元にMacが欲しくなった。
もっともsoftbankの電波が微弱な有明山麓ではiPhoneはあくまでも2台目の携帯端末でしかないのだけれども、iPhoneに大いなる可能性を見出した僕は、その母艦として、さらには可能性を広げるツールとして何が何でもMacが必要になってしまったのだ。

そして、昨年11月、ヤフオクで「液晶画面不良」のIntel iMac(Late 2006)を2万5千円で落札。(ちなみに当初の定価は15万ほど?)
最初は外部ディスプレイに接続して使うつもりだったのだけど、このロットのモデルには液晶画面不良の個体があることを知り、ダメモトでcall appleしてみたら見事にビンゴ!
年末も押し迫った頃に修理に出し、出費ゼロでちゃんとすべてを美しく映す液晶画面に生まれ変わって戻ってきた。

おかえりなさい、僕の愛しきMacintosh。

ソラマドサンシャイン with iMac

ハードディスクが貧弱なので、これから外付けの大容量ハードディスクを用意できるまではThinkPadと共存共栄していくしかないのだけど、やっぱり直感的にオペレーションできるMacが僕は大好きなのだと改めて思う。

ちなみに、写真に映っているのは、以前にも書いたウェザーニュース「SOLIVE24」のキャスターの女性ふたりと天気解説の気象予報士さん。
この女性キャスターはふたりともモデル出身の長身美女、左から田中みのりさん(26、佐賀県出身)、堀田奈津水さん(25、広島県出身)。まったくもってタイプの違う喋り方のふたりだけど、テレビやパソコンの前にいる視聴者と同じ目線で、FMラジオのDJのようなスタイルで、天気をわかりやすく伝える姿には本当に親しみがもてるふたり。
そして、男性の気象予報士さんは、名古屋人には懐かしい顔、昨春までNHK名古屋の気象キャスターを務めていた寺尾直樹さん。歯切れのいい天気予報でファンクラブまでできるほどに東海三県では大人気だった彼は、SOLIVE24の開始とともに東京(正確には千葉幕張)に戻ってきてウェザーニューズ社の看板を背負う気象予報士となった。番組にチャットやメール、携帯からのウェザーリポートで参加するユーザーたちからはいまや「アニキ」と呼ばれるほどの信頼厚き存在だ。

彼ら彼女ら、天気予報業界の革命児たちの活動に僕もいつも大いに刺激されている。
今まではただ上から伝達されるだけの天気予報が当然だと僕らは思っていたけれど、見たままを情報としてウェザーニュースに伝えることで天気予報の精度が上がるという事実に、僕らはもっと天気を身近なものとしてとらえ、考えていくことができるわけだ。
気象予報士を目指してきた僕ですらその「お天気革命」には目から鱗の思いでいっぱいなのだけど、以前話題にした昨秋の台風18号の上陸地点をめぐっての騒動も、最終的には気象庁が訂正をしたという結論に至ったのだ。つまり、現場にいて実体験している人たちの体感的な情報と携帯型観測機の数値の報告が、気象学的には有意義な価値あるものであると「お上」に認めさせたわけだ。
政権交代から4ヶ月、こんな小さなところにやっとひとつの「官僚支配、権威主義からの脱却」という「現象」を見て取ることができたわけで、もっと大きく日本という国が変わることをほんの少しは期待してもいいかなと思ったりもする。まだまだ時間はかかるのは間違いないけどね。せっかちになってしまった僕らはわが身を少しは反省した方がいいのかもしれないね。

そういう意味では20年以上の長きにわたって、常に新しい価値を作り出していくアップルという組織体の持つエネルギーは、僕らにとってもずっとずっとリスペクトしていきたいものなのだ。
そう、マイクロソフトもグーグルも、アップルが先行して切り拓いてきた道の中で得たアイディアで革命を起こしてきたのだと僕は評価している。

Welcome back to me, Macintosh!
きみと新しい価値を作っていけることに僕は本当にわくわくするよ。

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SOLIVE24朝の番組「ソラマドサンシャイン」のコーナー「日の出写真館」に採用された、
僕の有明山麓からのウェザーリポート写真(2009年12月25日朝撮影&放送)
ちなみに当日のキャスターは上述の堀田奈津水さんでした。感謝!
【2010/01/13 23:20】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
伝説の「Lotus Cafe」ただいま営業中
数年前、僕がまだときどき安曇野にやってくる旅人だった頃、
世界中の料理やお茶を出し、世界中の音楽が流れ、世界中から人が集まってくる素敵なカフェが池田町にあった。
ときにはお客さんを巻き込んで、ライブ・セッションが始まるというエネルギッシュなカフェ。

その名は「Lotus Cafe」。
旅人だった僕も噂を聞いて訪ねてみたいと思っていたけれども、有明山麓から池田町は当時の僕にはちょっと遠かった。

2007年、僕は安曇野の地に根を下ろした。
いつでも池田町まで行ける羽根を持った。

だけど、もう、そこには「Lotus Cafe」は存在しなかった。
僕にとっては訪問することは一度も叶うことのなかった、まさに伝説のカフェだった。
いや、僕だけではなく、今、僕の周りにいる友人たちにとっても、本当に伝説のカフェだった。

その後、ひつじ屋のスタッフになった僕は、常連客の音楽家、チャーリー宮本さんと、その奥様で舞台照明家・アジア料理研究家のミヤモトタミコさんと懇意になった。

「安曇野のダライ・ラマ」と呼ばれる、神様のような笑顔のチャーリーさん。超一流のパーカッション奏者がこんな身近なところにいるということだけで、ヘタレ・ミュージシャンの僕も音楽を楽しんでいく背中を押されたのは間違いなかった。

インドでアーユルヴェーダを学び、日本のアーユルヴェーダ料理家としては最高峰のひとりであるタミコさんもとても笑顔の素敵なお姉さま。会うたびに僕の顔色を見て適切なアドバイスをくれるのがいつも嬉しかった。

そのおふたりこそ、まさにあの伝説の「Lotus Cafe」をやっていたおふたりだったのだ!


現在、ひつじ屋店長タカハシさんは、インドで心の洗濯中。
そのお留守番役として、伝説の「Lotus Cafe」が穂高駅前に復活したのだ!
1月8日~26日(水曜日を除く)の期間限定ながら、早くも大きな存在感のあるLotus Cafe。
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この3連休中は実に大盛況。
僕も少しだけお手伝いしながら、池田時代からの常連の方たちと知り合って仲良く談笑したり、元AZUMINO JugBandのメンバーたちがやってきたら突然セッションを始めてしまったり、それだけで本当に素敵な時間を過ごさせてもらったのだ。
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ゆくりりっく(ふま&ちゅーわん)登場。チャーリーさんも僕もセッションに参加だ。


もちろん、タミコさんの心のこもったアジアのお母さんの料理たちが主役。
そこにチャーリーさんの笑顔の生み出す素晴らしいハーモニー。
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ある日の日替りランチ「ビビンパ」。


ぜひ、あなたも、僕らと一緒に、
期間限定で復活した「伝説」の証人になって欲しいなぁ。

ロータスカフェ フライヤー

水曜日は、引き続きカンボジアCafe「こーさんのうち」が開店します。ともどもよろしく!
【2010/01/12 17:31】 | 安曇野の仲間たち | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「ライブテープ」
去年観た映画を振り返る間もなく、今年の初映画はシネマセレクトの上映会@まつもと市民芸術館小ホール。
今回は「松本CINEMAセレクト・アワード最優秀監督賞」の授賞式を兼ねて、会員500円という超太っ腹な上映会だった。そのうえ、映画の出演者によるライブまであるという盛りだくさんの内容。

新進気鋭のドキュメンタリーの監督が、僕がまだ聴いたことがないミュージシャンのストリート・パフォーマンスを74分1カットで撮ったということだけで本当に映画好き、音楽好きの心をくすぐる映画。

ライブテープ フライヤー
「ライブテープ」 2009年 監督:松江哲明  作詞・作曲・ギター・歌:前野健太
 バンド:DAVID BOWIEたち  参拝出演:長澤つぐみ
 (第22回東京国際映画祭「日本映画 ある視点部門」作品賞受賞)

ちょうど1年前の元旦の吉祥寺。初詣の参拝客でごった返す武蔵野八幡宮から吉祥寺の街を抜け、井の頭公園の野外音楽堂まで、ギターの弾き語りをしながら歌い歩いていくシンガー「前野健太」をカメラが追っていく。

晴れ着姿の長澤つぐみがお参りするところ(初めて見た「参拝出演」というクレジット!)からカメラがずんずん歩き、スパンしていく先に、若かりし日の井上陽水を彷彿させる前野健太の姿が。
おお、この入り方からしてスゴイつかみだ。

そして吉祥寺の街を歩き進んでいく前野健太とカメラ。元旦ゆえにシャッターの下りている店も多く、それほどごった返しているわけでもないこの日だからこそ成り立つ奇蹟の時間が流れていく。
サンロード、西友前、伊勢丹前、ハモニカ横丁、吉祥寺駅前、武蔵野公会堂、そして井の頭公園へと下っていく階段。
中央線育ちの僕にはよく見知った風景だけれども、カメラと録音の素晴らしさで本当に新鮮に見えてくる。
ラストシーンの美しい夕焼けと井の頭公園の人々の姿に、チラシの「生きていかなきゃね」という言葉が重なり合って何故か目頭が熱くなった。

前野さんの歌は、日常の機微を丁寧に掬い上げた歌詞が、ストレートに心に突き刺してくる、そんな歌。決して歌もギターもメチャクチャ上手いというわけではないけれども、彼の生き方そのものが歌になって僕らに届く。
上映終了後のトークショーで前野さんは「歌うことは呼吸するようなもので、歌わなければ死んでしまう」そんなものだと語っていたけれども、この74分の「偶然」には本当にその生き方が顕れていたのだ。

松江監督にとっては構想が生まれてからわずか1ヶ月後に撮った作品で、彼が育った吉祥寺の街に彼自身の想いを投影した「極私的な作品」ということだけれども、前野さんの歌とシンクロナイズ&ハーモナイズしてできたこの映画の世界は、実は誰にでもある普遍的なことなのかもしれないと僕は思った。

上映、トークショーの後は、前野さんのライブ。ギターの弾き語りで「ライブテープ」の中で歌われた曲をはじめとして1時間ちょっとの熱演。途中、ストラップが抜けるというハプニングもあったが、それをまたアイディアにして次の曲は寝転がって歌ったり、静と動が同居した独特の世界に僕らもすっかり引き込まれる。
そしてアンコールはロビーにて。それを松江監督はハンディカメラを回して撮る。いつかこの「ライブテープ・アナザー・ストーリー」を僕らも観る機会があれば素敵だ。

僕にとっては今年も幸先のよい映画スタートだった。今年も心に響く作品にたくさん出会えますように。
【2010/01/10 23:45】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
2010年のビアライゼ(1) ---月夜野クラフトビール
いちばん桜今年の初ビール「オリオンビール いちばん桜」

2010年が始まってまだ9日しか経っていないけれども、今年も既にたくさんのビールを飲んでいる。

民主党政権では酒税法の抜本的な見直しの第一歩として、単純にアルコール度数に応じた課税への変更が行われようとしているわけで、ビールにかかる酒税は大きく減少して節税型発泡酒やビアテイスト・リキュール(いわゆる第三のビール)の存在意義が近い将来まったくなくなることが予想される。
その手の「まがい物」にここ数年実に大きな投資と企業努力を果たしてきた大手ビールメーカーがどれくらい抵抗するかは未知数だし、アルコール度数の高いスピリッツ類を扱う洋酒メーカーや商社には「伝統産業」として課税優遇措置が取られる可能性が高い焼酎とは違ってそのまま度数相応の酒税が課されるとなれば、それはそれで大きな抵抗勢力となりうる。
だからどこまで早期に実現できるかはわからないけれども、2010年は本物のビールが見直される一年になるかもしれないのだ。
まずは国会の論戦を見守ることにしつつも、僕は先取りして本物のビールを今年もしっかり味わって飲んでいくのは言うまでもない。

という「大義名分」を語るのはこれくらいにして、このわずか9日間に地ビールメーカー併設のビアパブ2ヶ所、全国の地ビールを集めたビアパブ1ヶ所を既に訪ねて飲んでいるうえに、まだ「フェイク・ビア」は風呂上がりに「一番売れてる銀色の缶」のビールよりはいいかと言って飲んだ節税型発泡酒1缶だけというとんでもない正月を過ごしてしまった僕である。
我ながら、実にけしからん!

そして、新しい仕事を創っていくに際して必要な取材もここで一緒に行ってしまおうという下心もあったりして、新年早々「ビアライゼ」(ビール巡礼)の日々を過ごしてしまったわけだ。


月夜野全景
月夜野クラフトビール (ビアレストラン「ドブリーデン」)

実家@東京都下から青春18きっぷを使って、1月5日に訪問。
上越線後閑駅より徒歩15分。年越し寒波で積もった雪も溶けて快適な散歩という距離感。

ここはグラスなどのガラス製品メーカーが母体となっている「月夜野びーどろパーク」の核施設のひとつで、ビール製造はみなかみ町(旧・月夜野町)と地元金融機関、ガラス製品メーカーの出資による第3セクター企業で行っているそうだ。だからかわからないが、なんとなくレストランには活気が感じられなかったけど、たぶん冬の寒さのせいなのだろうな。いや、訪問した時間が中途半端だったからかもしれない。入店したのは14時頃なのだから。

ここはガラス製品メーカーが母体のひとつということでグラスのデザインに大きな特徴がある。
たとえばミュンヘナー・ダーク(シュヴァルツというよりもポーターに近いかもしれない)「蛍の里の黒ビール」のグラスは、漆黒の闇に蛍が舞うのをイメージしたグラス。こういう遊び心があるのは異業種からの参入によるメリットのひとつでもあろう。

今回は時間もなく、初めて味わうメーカーのビールということもあって、ピルスナー、エール、黒ビールの3種を130mlずつ飲める「トリオビール」(900円)とヴァイツェン(400ml 600円)をいただく。
体調不良が続いていたせいか、味覚がかなり鈍っている状態だったので、正直言って「優等生的なビール」という感想になってしまったのがちょっと残念。つまり、どれも合格点はつけられる無難な味だけど、際立った特徴が感じられるわけでもなく、結局のところあまり印象に残らないのだ。
月夜野クラフトビール4種

とはいえ、これが大きなアドバンテージになるのも確かなこと。誰が飲んでも安心して味わって「おいしい」と思えるビールに仕上がっているのは素晴らしいことだ。特に黒ビールは色の割に癖がなくて飲みやすく、黒ビール嫌いの人でもすいすい飲めそうだ。色は濃いけどやはりスタイルはアルトとポーターの中間といった感じだろうか。個性的なチョコレート系のモルト・フレーバーがあるのに変に自己主張していないのは、僕はもったいないと思うのだけど、これくらいの方が実はすいすい飲めるのだ。
そういう意味では本当に「優等生」なビールなのだ。値段がもう少し安ければ毎日飲んでもいいと思える味。

月夜野クラフトビール

 群馬県利根郡みなかみ町後閑761-1
 Tel : 0278-20-2033
 http://www.vidro-park.jp/ (音が出ます。要注意)
 工場見学:要問い合わせ

併設の「飲める店」:
 レストラン「ドブリーデン」
   営業時間 11:00~15:00 冬季は水・木定休 春~秋は無休(臨時休業あり)
   店内よりガラス越しに醸造設備を眺めることができる。
   料理は「田舎の十割蕎麦」と「田舎の西洋料理」がメイン。
   値段もリーズナブルで気軽にランチタイムを過ごすことができるのはGood。

 「カフェ・ド・ヴェール」
   グラスをお土産として持ち帰ることができるのがガラス製品メーカーならではの面白さ。
   冬季休業

買える場所:
 びーどろパーク内の「地ビール・地酒販売所」にて。
 お取り寄せは要問い合わせ。

アクセス:
 上越線後閑駅より徒歩15分、またはバス3分
  (関越交通バス「上毛高原駅」、「猿ヶ京」行きで3分「上河原」バス停下車すぐ前)
 上越新幹線上毛高原駅より徒歩30分、またはバス5分
  (関越交通バス「後閑駅」「沼田」行きで5分「上河原」バス停下車すぐ前)
 関越自動車道月夜野ICより水上方面へ車で5分
ドブリーデン店内と醸造タンク
【2010/01/09 22:06】 | ビアテイスター | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
2010年、始動
DSCN6199_400.jpg

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

ちょっとネット環境の悪い状況のため、写真は撮ったもののアップできず、ここまで引っ張ってしまった。
アクセスしてくださったみなさん、新年早々期待を裏切ってごめんなさい。

さて、2010年。いまだに何と呼ぶか一致してない「00s」が終了して「10s」の新しいDecadeに突入したわけだけど、何かが劇的に変わる気配も今のところあまりない。

でも、ゆっくりでも着実に進んでいこう。
そしてしっかりこの新しいDecadeを生きていく基盤を固めていこう。

リアルに年賀状を送った方には既に届いているかと思うけど、またひとつ新しいことを始めようとしている。
夏場の生活基盤はそれなりにできてきたけど、問題は長く寒い、厳しい冬をどう暮らしていくかということにある。

だから僕の得意技を生かした仕事を新しく創っていこうと思う。
それがうまく回ってひとりじゃできなくなるぐらいに育てたい。
そうすれば、冬眠状態にならなきゃいけなかった安曇野の仲間たちとシェアしながら、みんなで冬も活力ある場所にしていくこともできる。

正直言って、この凍える寒さに僕の体調は全然戻ってこない。
このまま本当に冬眠してしまったほうがよいのかもしれないと思ってみたりもする。

でも、この冬、まずはひと冬頑張ってみよう。
もちろん肩の力は抜いていこう。変に力が入っているから凍結した路面にコケたときに痛いのだから。

年越し寒波に大荒れの空模様となった2010年の始まり。
誘われていた友人たちの恒例行事もことごとく中止になってしまったとの連絡が入りあまり期待はしていなかったけれども、朝7時前に自宅の窓から南東方向が明るいのを見ていつもの定点観測地点へ車を走らせる。
去年の初日の出は30人ほどの人が集まっていたこの安曇野を一望する場所には、今年はすっかり足跡ひとつないヴァージン・スノーに覆われていた。

美ヶ原の稜線から太陽が昇るところは見えなかったが、そのすぐ上の雲の切れ間から今年最初の太陽の光が眩しく届いたとき、極寒の中に強張っていた体からすっと何かが抜けていくのを僕は感じていた。

ここからきっと何かが始まっていくはずだ。

このblogを読んでくださっている皆さん、そしてリアルに仲良くさせていただいている皆さん、
有形無形に今年もかかわってくださることを期待しています。
いつもありがとう! これからもよろしく♪

DSCN6209_400.jpg
有明山神社参道の双体道祖神も雪の中。
こんな風に仲間同士、手を取り合って生きていく一年にきっとなっていくことだろう。


(基本的に元旦に書いた内容なので、1月1日付でアップしました。 一部加筆訂正して1月4日に公開)
【2010/01/01 12:00】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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