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がんばれウェザーニュース
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ちょっと前のニュースより。

民間気象情報サービス会社のウェザーニューズ社が台風18号の上陸場所を独自に「三重県志摩半島」と発表したことに対し、気象庁が「業務範囲の逸脱」として行政指導を行ったとのこと。
要は、日本の気象に関しては気象庁がすべてであって、それ以外の個人、団体が余計なことをするなということらしい。
このあたりの詳細は、10月18日の読売新聞の記事に詳しい。(ウェザーニューズと気象庁、バトルの構図)

せっかく政権交代して、「官から民へ」の流れがメインストリームになろうとしている中に、なんともタイムリーなまでに逆行するニュースかと思った人も多かろう。

僕は小学校のみ公立校に通い、あとの約10年ほどの学校生活はすべて私学で学んだ人間なので、そういう変な権威主義には中学生の頃から大いに違和感を感じて育ってきた。
もっとも高校時代の友人にもどうしようもなく権威主義に走り、キャリア官僚になった奴もいたけれど。彼は今頃どんな気持ちで霞ヶ関にいるのだろうとふと思ったり。
そもそもお上の言うことに正しいことなんてどれくらいあるのかい? 僕は無政府主義者ではないけど、ちょっとそういう立場になったからと言って常に上から目線で威張り散らす奴らが大嫌いなのだ。そしてそれに金魚の糞のように媚び諂う連中がいかに多いことか。

このニュースに関して論評していたあるblogに、「こういう権威主義が日本をダメにしてきた」とあって、僕は思わず拍手喝采してしまったほどなのだ。

本題に戻ろう。
そもそも何のために「気象予報士」という国家資格ができたのだろうか? 今まで国が独占してきたことに「民間活力の導入」とやらの掛け声のもとに門戸を開いたのである。
それまではテレビの天気予報は「日本気象協会」という気象庁のお抱え団体のスタッフの解説で独占していたところに、民間の気象予報士が参入し、女子アナからベテラン予報士まで今や天気予報は百花繚乱の世界だ。
その中にはCS放送、ケーブルテレビでの独自の天気予報番組を手始めに大きく業務を広げてきたウェザーニューズ社のような組織もあり、NHK、民放各局の天気予報を担当している同社所属の気象予報士も数多くいるわけで、いわば、民間気象情報会社の最大手がウェザーニューズ社ということになる。

実際にウェザーニューズのサイトでは、気象庁の予報よりもきめ細かくフォローされているところに大きな信頼感があり、僕も穂高のピンポイント天気を常に参考にして生きているほどなのだ。(ただし、有明山麓の冬場は、松川村のピンポイント予報の方が当たるというのも事実なのだけど。)
そこには幕張の予報センターからのコンピューターで各種データを解析して行っている予報だけではなく、全国に160万人いるウェザーニュース会員との信頼関係をベースに予報の精度を一層上げていこうというたゆまぬ努力があり、それゆえ僕も気象庁の天気予報よりも信頼を置いている。
もちろん西に大きな北アルプスを抱えて、太平洋側と日本海側の両方の気候が入り乱れるこの安曇野の地での予報が難しいこともあって、「都会もんが何を言う」などと思ってしまうこともあるけれど。
その努力の過程として、レーダー観測による雨雲の流れと各地の会員からの現在の天気の報告とを組み合わせた「10分天気予報」や「ゲリラ雷雨予報」といった携帯サイトのコンテンツは素晴らしいアイディアだと賞賛に値するわけで、各テレビ局がこぞってウェザーニューズ社の取り組みを夕方のニュース番組などで特集を組んだりしてある意味とても「目立っていた」。
それがどうも気象庁のお役人サンたちには気に食わなかったようで・・・

レーダーやアメダスの観測では拾いきれないものを、各地のユーザーからの生の情報を吸い上げて活用していく、これは絶対にお役所仕事では出てこない発想だ。マーケティングの基礎を勉強した人にとってはこの程度はごくごく当たり前のことなのだけどね。それが気象の世界では今まで存在しなかった。
今回問題となっている事案も、台風の進路に当たる地域の会員から気圧の変化や風向きと風速の変化などをサイトに投稿してもらい、そこから実際の台風の位置を推測するというやり方で、ウェザーニューズ社は「志摩半島に上陸した」と判断してサイトやBSのデータ情報番組「ウェザーニュース」で発表した。
一方気象庁はその1時間後に「知多半島に上陸した」と発表しているが、それに当たって現地のきめ細かいデータを取得して解析したのだろうか? 推測で申し訳ないけれど、あくまでも気象庁に集まってきた観測点の数値データだけでコンピューターがはじき出した推定位置を発表しているだけに過ぎないのだろう。少なくともお役所仕事の範疇では現地の民間人から体感などを聞いたとしても「それは主観的なもの」として排除してしまうはずだ。だからもとよりプログラムには入ってこない。

高いところからものを見ることも確かに大事ではあるけれど、それで大局をつかんだだけでは実際のところ何も答えは出てこないものだと、僕は経験上知っている。
むしろ大切なのは、現場の小さな事実たちなのだ。

それをわかっているウェザーニューズの方が、どんなに叩かれようと僕にとっては信頼できるのだ。


さて、もうひとつ、僕がウェザーニューズを応援してしまうのは、「もっと気象を身近なものに」という発想からかオーディションで若い女性のお天気キャスターを募集して選び、携帯サイトの動画の天気予報番組やBSデータ放送チャンネルのウェザーニュースで実際にキャスターとして活躍してもらおうという発想にもある。

すなわち、「お天気お姉さん」の復活。

僕らの世代の男子にとっては、子ども時代にテレビのお天気お姉さんに恋をした人も多かろう。
中にはお天気お姉さんからアイドルのような活動へと転進していった人もいるわけで、なんだかんだ堅いことを言ったところでそういうところで「天気予報は身近なもの」と感じるようになってきたのだ。

今のテレビの天気予報キャスターはプロの気象予報士がほとんどなわけで、確かにNHKの7時のニュースの半井小絵さんや「報道ステーション」の元お天気キャスター(現メインキャスター)の市川寛子さんはすごく素敵だと思うけど、あの頃のお天気お姉さんとはまったく別世界の人たちにしか見えない。

それよりは、「情報番組キャスター」としての技術も低く素人っぽさの残るウェザーニュースのキャスターたちの方がもっと身近な存在と思えてしまう。そう、隣のお姉さん的な。

ちなみにウェザーニュースのキャスターで僕の一押しは、西川里美さん。もともとモデルやタレントとして活動してきたそうだけど、20代前半の女の子にしては変にきゃぴきゃぴしていなくて落ち着いた語り口がおじさんウケしそうなキャラクター。(あ、僕はまだ「おじさん」化してないとは思ってるけど。)
正直、地上波のテレビが全然面白くないし、BSも民放は時間帯によっては「テレビショッピング」しかやってなくて、これじゃあテレビ離れが起こっても仕方ないと、テレビをほとんど見ない僕ですら思うのだけど、最近は雨の日など、よくBSのウェザーニュースを垂れ流しながら家の中で仕事してたりする僕なのであった。

そういう使い方で僕にとってまったく違和感がないのは、なんとなくJ-Wave系の各FM局の午後のワイドプログラム(女性DJがひとりで担当)と似た構成なのだからかな。
音楽が天気予報に代わっているのは当然のことだけど。

実は僕も気象予報士目指してます。安曇野と北アルプスに特化した予報をして、農業、林業、観光業、山岳関係などなどに役立ててもらえたらと思っているわけで。サラリーマン時代以上になかなか自分の時間が取れなくなっている今、勉強している暇がないのが本当に困ってしまいますわ~
まぁ、ぼちぼち頑張っていこう。

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【2009/10/27 23:43】 | log | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
mixiアプリ
細々だけど僕もmixiをやっている。かつてはどっぷり浸かっていたのだけど、ちょっとした事件をきっかけに距離を置くようになって早や3年ほどになる。年数を数えて改めてびっくり。
日記はこのblogをリンクしているだけだし、積極的にマイミクを増やそうなんて思ってもいないし、いるのかいないのかわからないような関わり方でしかない。

そんな僕だけど、mixiアプリというこの秋から始まった新しいサービスにはちょっとした興味を持っている。ケータイのアプリなどとは違って基盤の仕様とインターフェースが一般公開されていて、ちょっと興味と技術のある人なら簡単にアプリを開発して公開できるというもの。
iPhoneアプリの開発を手がけ始めた僕にとっては、mixiのユーザー数の多さにはiPhoneやGoogle Andoroidと同じぐらいに開発する魅力を感じるのだ。
だからといって今すぐには時間がなくて関わっていくことはできないけど、近い将来、僕が開発しているiPhoneアプリを移植することを手始めに、何かしら作ってみたいと思わせてくれる。

このわくわく感こそ、Web2.0の世界に馴れてしまった僕らにはとても気持ちがいいものなのだろうな。
amazonで本を探していると、親切に関連するほかの本も自動的に紹介されるアレだって時にはとてもわくわくするものだ。

でも、ちょっと困っていることが。
今のところmixiアプリはゲームがほとんどで、とてもとてもゲームに手を出している余裕のない僕にとっては親しくしているマイミクさんからの「招待」にはお答えできないのが現実なのだ。
特に興味の向く先が似ている人が多いせいか、バーチャルに農業体験するゲームアプリへの招待ばかりなのは、リアルに農業に関わっている者にとっては「うーむ、どうしたものか」と思ってしまうのだ。

そして困ったことに招待されたことに関しての返答を気軽にするシステムがないことで、メッセージを書いて返答するほどのことでもないからとほったらかしにしてしまっている僕なのだった。

誘ってくださったマイミクのみなさんへ、どうかこの不義理をお許しください。
この場を借りてお詫びします。
【2009/10/17 07:47】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今だから、そろそろ政治のことを話そうか。
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後立山連峰初冠雪(10月10日)

いろいろ思うところがあって、あえてまた更新しなかったことをお詫びします。
忙しくてなかなかblogまで手が回らなかったと言うのもあるけれど、選挙続きのこの2ヶ月ほどは下手なことを言うとすぐに炎上させることになりかねなかったので、あえて沈黙を保ってみたのだ。

政権交代。
小異こそたくさんあるけれど、大同を取ろう、僕はそう思って今回の衆院選は民主党に投票した。

今までこのblogを読んできてくださった方なら感じておられるかもしれないが、僕の政治的な立ち位置は一貫してリベラル。それも「小泉改革」の時期からの社会全体の右傾化、強いものが正しいという風潮の中に、僕自身は一歩も動いていないにも関わらずかなり左寄りに立っていたわけだ。

いわば、正統的な「リベラル・レフト」。僕自身はまったく意識していないにも関わらず、いつの間にか僕はそう目されるようになっていたのだ。

でも、もともとは僕はノンポリ。学生時代などはむしろ政治的な活動を毛嫌いしていたほどなのだ。
そんな僕に訪れた転機は、長良川河口堰反対運動に関わったことからだった。

あの運動の原点は政治的なものというよりも「遊ぶ場を取り上げられることへの反抗」だったと、開高健さんをはじめとする運動のリーダーたちも言っていた。当時岐阜に住んでいた僕もそれに共感していたからこそ、素直に仲間に入っていった。それは長良川の清流のように、ごく自然な流れだった。

長良川河口堰は結局のところ押し切られて建設され、運用が開始されて早や14年になろうとしている。その後の長良川の水質の悪化、生態系の大きな変化は推進側が想定していたもの以上のものがあり、あまりに大きな負の遺産を作ってしまったことが悔やまれる。
でも、あの反対運動の一番大きな意義は、公共事業・土建行政に絡みつくさまざまな利権を白日の下にさらけ出したことにあると思う。

今回の政権交代の一番大きな変化は、カネの流れが「コンクリートから人間へ」とシフトされていくことだ。同じバラマキ政策でも自民党政権の間接的なバラマキから直接当事者にばら撒かれるということが大きな変化であり、中間にいて利権を貪ってきた連中には本当に痛いことになっていくのだろう。

その「コンクリートから人間へ」という発想は、15年ほど前に僕らが長良川河口堰反対運動に関わっていた時期には既に僕らの中に当然のようにある発想だったことを思うと、ようやく機が熟してきたということかと、あまりのスピードの遅さに改めて苦笑してしまう。

自民党が壊滅的状況に追い込まれてしまった今、最低4年は民主党政権が続くことは間違いないと思う。僕に考え方の近い菅直人さんや仙石由人さんが政策決定の中枢にいるから、当面は安心してやさしい政治への変化を僕も傍観していられるだろうが、果たしてどうなることやら。
とにかく、弱い立場の人たちが安心して暮らしていける世の中がやってくるよう、僕らは見守っていく必要があるだろう。彼らが間違った方向に向かいそうならば、僕らはしっかり声を上げていこう。


翻って、安曇野にて。
先週、安曇野市長選挙と市議会議員選挙が行われた。合併から4年が経ち、安曇野市としての一体感が出てきたかどうかというところで、今後の方向性を占っていく選挙だ。

ここにも「コンクリートから人間へ」の発想が生きていて、当初はあまり話題にもならなかった新市庁舎建設問題が選挙戦中盤になって大きくクローズアップされるようになってきた。
結局、新市長に当選したのは、民主党系の前県議の宮沢宗弘さん。市庁舎に関しては「建設するも現計画からの大きな見直しが必要」というちょっと曖昧な表現をしていた分、無難な選択を市民はしたのかもしれない。
僕が個人的に応援していた古幡開太郎さん(市庁舎建設中止派)が、組織がないにもかかわらず大善戦し、平林伊三郎市長が事実上後継指名した藤森康友さん(市庁舎建設推進派)よりも多い得票を得たということは、安曇野でも「チェンジ」を市民が求めているのだという何よりの証拠だ。

宮沢新市長には、そんな民意をしっかり汲み取って欲しいと心から思う。
そう、人間がとにかく大切。その人間を生かす環境をいかに守り育てていくか、僕らも市民のひとりとしてしっかり声を上げていこう。

しかし、市議会議員候補者の選挙カーは相も変わらずなんたることか。幹線道路に面した畑で働いていると、嫌でも各候補者の選挙カーの声が聞こえてくるのだけど、いまだに名前の連呼と「地元の皆さんのお役に立ちます」という、何がしたいのかわからないような声ばかりが聞こえてくる。
農村だからとなめられてるのかと、ちょっと悲しくなってしまう僕。そう、僕も安曇野に暮らして2年とちょっと、議論好きな信州人としてすっかり自己認識してしまっているのかも。
それでもちゃんと政策を選挙カーから伝えてきた候補者もいた。スピーカーのボリュームを絞り名前の連呼をしない選挙カーもあった。静かに通り過ぎた候補者は、駅前や交差点、ショッピングセンターなどでの辻立ちではちゃんと自らの言葉で政策を語っていた。
地縁のしがらみのない僕が投票した候補者は後者であるのは言うまでもない。

そう、地方議員もしっかり政策で勝負する時代なのだ。地区(ムラ)の代表として地区に利益誘導するのではなく、安曇野市全体の代表なのだから。街頭で政策を語れる議員を、僕ら市民は育てていかねばならないと改めて思う。

とにかく日本の政治が変わっていくこの時期にしっかり立ち会えたことだけでも、生きていてよかったと思えるようなそんな政治を当選した政治家の皆さんにはお願いしたいと、優等生的な言葉でこの「暴論」を締めくくろう。
おやすみなさい。
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【2009/10/16 23:47】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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