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灯台下暗し
CIMG4553.jpg
個性豊かな日本の地ビールやベルギー・ビールが密かにブームになってきていることは、ご存知の方もいるかもしれない。
そのブームの影響と、醸造所の移転に関して発生した諸事情により、「ヒューガルテン・ホワイト」がまったく日本に輸入されなくなって早や3ヶ月。
ホワイトの売り上げが日本一多いと言われる大阪のビアパブ「ドルフィンズ」にも、3週間前の時点ではまったく在庫なしという状態だった。
これは新しい醸造所がフル稼働し、ビールの熟成が終わって出荷できる2,3年後まで、ホワイトにはありつけないのではないかと思ってしまった。寂しいけれど現実として受け止めておこう。

・・・と思っていたら、今日、近所の量販店(ここから「キリン・ハートランド」をいつも買っている)を覗いてみたら、なんと、冷蔵ケースに「ヒューガルテン・ホワイト」が何本も並んでいるではないか!
思わずあるだけ「大人買い」をしたくなるが、今日、国民年金保険料を納めてきたばかりで財布が寂しく、2本だけ買って帰ることに。
やはり国産大手の第3のビールの4倍近い値段では、買う人は限られてくる。金持ちか、さもなければ僕のような貧乏だけど大好きなものには平気で金を出せる物好きぐらいなのだろう。(だから貧乏なままなのだけど、タバコもギャンブルもやらない分、これくらいの贅沢は許されると信じている。)

久々に飲むホワイト。本当は無骨なジョッキではなく、しっかり香りの立つグラスで飲みたかったけれど、探すよりも一刻も早く飲みたかった。よって、香りを楽しむのは2本目にとっておいて、この1本は喉ごしと口に残る香りを楽しむことにした。

掛け値なくうまい。素直にうまい。
こういうちょっともったいない飲み方は最高の贅沢。

ということで、ヒューガルテン・ホワイトをお探しの方は、ぜひ安曇野の我が家へ遊びにいらしてくださいね。近所の酒屋に在庫がある限りはご相伴にあずからせていただきますので・・・
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【2007/08/31 21:49】 | 大好きなお酒たち | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
マイケル・ジャクソン死す
このタイトルにびっくりした人も多いと思う。でも僕は皆さんを驚かせようと思って書いたわけではない。
もちろんあの「ヒューマン・ネイチャー」マイケル・ジャクソンが亡くなったわけではない。
あのマイケル・ジャクソンについては、僕はそれほど思い入れはないので、彼が死んでも「へぇ」程度にしかきっと思わない。
確かに彼の書いた曲には、ジャジーなアレンジに変えて歌ってみたいものも何曲かあるけれど。

で、誰が亡くなったのかというと・・・・
ビール、ウィスキーの世界では一番の権威であり、僕も尊敬する研究者、マイケル・ジャクソンさんが、昨日英国の自宅で亡くなったそうだ。
第一報は、日本地ビール協会からのメールニュースだった。

彼は、同姓同名の年下のスーパースターに対抗して、よく「オリジナル・マイケル・ジャクソン」と名乗ったりしてきたユーモアの持ち主だったという。
しかしその優れた五感で、ビールやウィスキーに彼が下した評価はスタンダードとなる。
日本の地ビール業界でも、彼に直接指導を受けたブルワーも多く、いわばジャパニーズ・クラフト・ビールの父のひとりと言ってもよいだろう。

僕は直接彼に会ったことはないが、彼の著作などから少なからず影響を受けている。折りしも「ビア・テイスター」資格取得のために、彼の著書「ビア・コンパニオン」をこれから取り寄せて勉強しようと思っていた矢先のことで、本当に残念でならない。

とにかくご冥福をお祈りしたい。今ごろあの世で、竹鶴政孝さん(ニッカウヰスキー創業者)をはじめ、たくさんのウィスキーやビールの大先達たちとグラスを交わしているのだろうか・・・

20070831182739.jpg
マイケル・ジャクソンさんの愛したベルギー・ビール「レフ・ブラウン」の画像をもって哀悼の意を表します。
【2007/08/31 18:29】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
おばけズッキーニ
雨続きの今週。
日曜日にずいぶんズッキーニが太い実をつけ始めたと思っていたが、4日間放置しておいたら特大サイズになってしまった。
CIMG4552.jpgちなみに小さい方のきゅうりが標準サイズです。念のため。

これは大きすぎて誰も買わないサイズ。でもきっとおいしく食べられる。しばらく休ませた株からとれた実なので、栄養も十分入っている。

1ヶ月前に植えたきゅうりもようやく収穫を迎える。これはすぐにでもマヨネーズかもろみそでもつけて食べたいけれど、ビールの時間まで我慢しよう。

暑さが収まりそろそろまた野菜たちも元気になってきた。
この週末は天気もそこそこに持ちそうなので、先週有機石灰をまいておいたところに「島野菜」を蒔こう。
らっきょうもにんにくも来年までの長い勝負。冬越しのことももう少ししたら考えなければならないけれど、きっとなんとかなるさ。
島にんじんは2ヶ月で収穫できるかな?霜が降りる前になんとかしたいなぁ。

歩き旅も続けたいけれど、畑も楽しみ。瞬間移動ができる機械が欲しい今日この頃だ。
【2007/08/30 23:59】 | 農的生活日記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
深呼吸の必要
3年ぐらい前だったろうか、こんなタイトルの映画があった。
洋画ばかり見ていた僕が、日本映画の元気に触れて好きになってきた頃だ。
沖縄の「キビカリ隊」という援農にやってきた若者たちの青春群像劇。さわやかな後味の残る素敵な映画だった。
今放映中のドラマ「牛に願いを」には、「深呼吸の必要」へのオマージュ的なものを僕は感じていると言えば、どんな映画かわかりやすいだろう。

しかし、今日の僕は、違う意味で「深呼吸の必要」を切実に感じていた。
天気がなんとかもったので、白馬村飯森駅から新潟県糸魚川市平岩駅までの区間を歩いた。
今回の旅では旧道や歴史のある街道が平行して走っているならば、国道を排気ガスに囲まれて歩くのではなく、深呼吸のできる道を歩こうというルールを自分の中で決めていた。
まぁ、ほかにもいろいろルールを作ろうとしているけれど、全部守っていたらキリがないので、臨機応変にルールは破ろうと思うのだけど。

CIMG4377.jpgそばの花が満開です。

既に30kmほど歩いた、山の中の小さな集落で、僕は道を見失う。ちょうど畑仕事をしていた人に道を尋ねると、僕が望んでいたのとは全然違う、山から谷底の川沿いに走る国道へと一気に下る道を教えられたのだ。気がつくと時計に内蔵されている高度センサーは100mほど下がっていて、さすがにもとの道へ戻る体力も気力もなくなっていた僕は、やむなく国道148号線を小谷村中土から平岩まで12kmほど歩くことに。
それもこの国道、地すべりと雪崩で通行止めになることが多かったため、最近この区間の7割ほどの距離をトンネルで越える。旧道は依然として災害復旧工事が続いていて通ることができず、仕方なく1本あたり700m~2300mの長いトンネルを5つ通る羽目に。
通行量はそれほど多くない道だけれど、大型トラックが100km近い猛スピードで駆け抜けるトンネルは誰でも間違いなく呼吸困難になる。

そしてトンネルを抜けて次のトンネルに入るまでのわずかな地上で、一休みして深呼吸をする僕。

CIMG4520.jpgこんなトンネルばかり・・・

息も絶え絶えに平岩駅に着いたときには、予定していた列車はとっくに走り去った後で、やむなく最終列車を乗り継いで帰ることに。
平岩で1時間半時間ができてしまったので、温泉で汗を流し、筋肉の張りをほぐす。
今回立ち寄ったのは姫川温泉「ホテル国富 翠泉閣」。10年ほど前の水害で壊滅的な被害を受け、新たに源泉をボーリングして新築した。その経緯を知っているので、日帰り入浴1000円でも払う気になれる。
水害の前は、非常に大らかな雰囲気の混浴露天風呂があって、カップルで温泉に行くことも多かった僕らには「白馬エリア」内では重宝していたのだけど、新装後はこのご時世ゆえにか高い塀で囲われた男女別の露天風呂と内湯、そして、カップルや家族向けには別料金で貸切露天風呂を用意しているという状態で大いにがっかりした。
だけど、水害の前の源泉もそうだったが、非常に豊富な湯量を誇り、お湯だけは文句のつけようがなかったのは嬉しい誤算だった。
ぬるめのお湯にのんびりつかって疲れを癒すには時間的にもちょうどよかった。筋肉痛で引きずりかけていた足は、ちゃんと普通に歩けるように戻ったし。(もちろんメントールを吹き付けた効果も大きいが)
CIMG4528.jpgホテル国富の内湯。高いけどいいお湯でした。

帰りの列車は想像以上に空いていて、3本の列車を乗り継いだがどれも同じ車両に2,3人しか乗っていなかった。いくら人の流れと逆方向とは言え、これでは大糸線の存続も危ういと思わざるをえなかった。北陸新幹線の金沢開業に合わせて、南小谷~糸魚川間は廃止される予定だと言われているが、下手をすると全線廃線ということもあるかもしれない。
かく言う僕も松本へは安い高速バスを使うことが多いので、これからはもっと電車を使うことにしなくては。

CIMG4549.jpg大糸線は今年全線開通50周年。でもあと何年走り続けられるのか・・・
【2007/08/29 23:56】 | 安曇野を歩く | トラックバック(1) | コメント(6) | page top↑
好きな声と話し方(女性ラジオDJ編)
今日は友人たちに会えて、自分の存在意義をもう一度考えるよい一日だった。
でもとてもショックな知らせも受けて、心の整理がまだできずにいる。
とりあえず、帰宅の途中に穂高神社に寄る。何が自分にできるのかわからない中、困ったときの神頼み。無宗教を看板に挙げている僕だけど、こういうときには日本に八百万の神がいてくれること、そして時と場合に応じて都合よく宗教を変えられる日本人であってよかったとつい思ってしまう。

何が起きたかはここで話すには僕は自信がない。まだ事実を客観視できないのだから。
ただ、少しでも良い方向に物事が転がってくれることを願うことならできる。そんな思いで真っ暗な穂高神社を参拝したのだ。
本当は月蝕の赤い月が見えれば、月に願いをかけることでもよかった。ただ、今夜は残念ながら安曇野では月を見ることはできなかった。

車に戻り、ラジオをつけていなかったことに気づく。そして安曇野に来てから聴き始めた番組のDJの声にとても癒される。
FM長野は平日朝~夕方こそ自社制作番組が多いけれど、それ以外の時間帯はTOKYO FM、もしくはJFN(Japan FM Network)制作の番組がほとんどだ。
自社制作番組の地元情報はいろいろと役に立つけれど、それ以外の番組はどうもターゲットの年齢層が低いようで、チャラチャラしていてイライラすることもあるのがとても残念。

東京時代はJ-Wave、名古屋ではZIP-FM、関西ではFM802ばかり聴いていた僕は、どうもTOKYO FMのトーンに馴染めない。アーティストが無理して話しているようなプログラムには痛々しさすら感じるほどだ。
でも、この番組だけは既にすっかりお気に入り。選曲も僕の好みにかなり近いし、何よりも女性DJの透明感がありつつも落ち着いたハイトーンの声が僕の心に深く染み入る。
ただしこの番組はJFN制作ながら、東名阪では聴けない変り種。地方に地道に暮らしながらも気持ちのいい音楽を愛する人たちにはコアな人気のプログラムだ。

基本的に僕はハイトーンかつ落ち着いた声の女性に惹かれるようだ。ラジオDJだとJ-WaveやFM802で活躍してきた金子奈緒さんなんか最高に好みだった。現在彼女は育児休暇中なので声を聴く機会がないのが残念だけど。
もちろん現実世界でも、歴代の彼女は声の高い人が多かった。(例外も確かにありましたが・・・爆)

そんな中出会ったのが、その番組「Adult Oriented Radio」のDJ、村上知奈美さん。声が高いとどうしてもチャラチャラと落ち着きなく聞こえることが多いけれど、彼女のちょっと甘ったるいけれど落ち着いたハイトーンの声とインテリジェンスを感じさせる話し方はJust into my heartなり。
そのうえ村上さんは、ヒューマニティあふれるボランティアであり、優秀なジャーナリストでもあると評価するにふさわしい活動を、余暇の時間にしているというのにもとても惹かれる。それがどういう活動なのかはここでは触れないけれど、興味のある方は検索してみるといいかも。

ボランティア活動を原点に草の根ライター(つまりジャーナリストのはしくれ)にもなろうとしている僕にとっては、機会があればぜひ会ってみたい人でもあり、そして、ウィークディの夜のはじまりを優しい声で癒してくれる天使のような存在だ。
そう、彼女の声で、僕は明日への活力を確かにもらっている。

知奈美さん、ありがとう。明日もあなたの声を聴けますように。
【2007/08/28 22:40】 | 田園音楽生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
有朋自遠方
今日は南大町駅から「塩の道」を歩いて白馬まで、約25kmを歩いた。明日は天気が崩れる予報。できるだけ距離を稼ごうとするものの、昨日の疲れが残っているのかペースが上がらず、白馬村の中心部に入る手前の「飯森駅」で日没タイムアップ。
秋雨前線の南下で、これからしばらくはっきりしない天気が続くようなので、続きはいつ歩けるかわからない。でも猛烈な暑さがなくなった分、体調を整えるには絶好のチャンスだ。

そんな中、もう20年近い付き合いの友人、Mさん一家が毎年恒例のキャンプに白馬に来た。いつものんびり1週間滞在する彼らを僕は今年は地元の人間として迎えることになった。なんだか不思議な気分だけど、旅人どうし、毎年新鮮な気持ちで会えることは素敵なことだと心から思う。
かわいいお嬢さんたちも毎年会うたびに成長が見えて嬉しい。
彼らの滞在中に僕も白馬を何度か訪ねることだろう。酒と獲れたての野菜を持って。

明日は名古屋での親しい飲み友達、Kさんがお仕事でやってくる。帰り際に松本で会おうと約束。僕は高速バスのバス停から車なので飲めないけれど、よき兄貴分に会えるだけでも嬉しいことだ。

離れていても大切な友人たち。ときどきこうやって会って語り合えることが本当に嬉しい。
友遠方より来るあり。また愉しからずや。

そして、僕も旅人として、大切な友人たちの住む街をこれからもたくさん訪ねようと改めて思う。
【2007/08/27 23:20】 | 安曇野を歩く | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
やっと歩いた

疲れがたまっていたり、出先で冷房にあたって体調がおかしくなったりしていて、体調万全とは言い難い状態ながら、今日、やっと日本一周徒歩旅行の2日目に出発した。
自宅から安曇野ちひろ美術館を経由して、ほぼ中部北陸自然歩道に沿って南大町駅までの約22km。
CIMG4178.jpg(我が家から一番近くにある道祖神)
CIMG4190.jpg(暑い日、川ガキたちが遊ぶ)
CIMG4210.jpg(松川村にて。子供たちのつくった愛らしい案山子)
CIMG4217.jpg(安曇野ちひろ美術館の美しい庭園)
CIMG4247.jpg(高瀬川を渡る、夕焼けに映える山々のシルエット)

それも午後2時過ぎに出発して日没までの間の短時間にハイペースで歩いたおかげで、かなり筋肉には負担がかかってしまい、大町市内に入ってからドラッグストアでスプレー式の湿布剤を買ってクールダウンする必要があった。

ということで、時速5kmの旅。発進です。
詳細は別blogにて公開します。

明日は南大町駅~白馬の25kmぐらいを歩く予定です。
今週中に新潟にたどり着くのはどうも無理そうだけど(今週後半は雨模様になりそう)、少しずつ歩いて前に進んでいこう。
【2007/08/26 22:57】 | 安曇野を歩く | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
Amazing Grace
本来ならもっと早くから苗づくりをして、これから秋のシーズンを迎えるべきなのだけど、今年は苗をつくる時間もなかったので、今日は「綿半」へ石灰と牛糞を買いに行くついでにキャベツと白菜の苗を買ってくる。1本48円を合わせて10本ほど。
キャベツは基本的に自家消費なので、これから時期をずらしながら十数本植えていく予定だ。なにしろ学生時代、キャベツお代わりし放題のトンカツ屋で、切り置きしてあったキャベツを仲間うちで全部食べきってしまったという武勇伝のある人間なので、キャベツは年中必要なのだ。
もっとも少しでも付加価値のつくように、今年は赤キャベツしか作っていないのだけど。
白菜は自宅でキムチを漬けるためだけなので、今年は必要最小限しか作らない予定。ただ、冬場のお客さんが増えそうなら、鍋用にこれから秋にかけて増産体制をとるかもしれないが、こちらもキャベツ同様自家消費のみ。
じゃ、何で食べているのか?・・・と言われそうだけど、おいおい売れそうなものを見つけていくだけのことだ。余れば当然売りに出すわけだし。今年はお金にならなくてもいい。これからの自分のあり方を見つける期間なのだから。
儲からなくても、必要最小限の贅沢ができればいい。第3のビールではなく、キリン・ハートランドを週に3回飲める生活なら、病的にまでビール好きの僕でもなんとかやっていけるわけだから。

今日は夕陽に浮かぶ山々がとても綺麗だった。一昨日の雨で洗われた空気は健在、そのうえ予想に反して昨日も今日も酷暑日にはならずに済んだこともあり、気持ちの面で余裕があったのだろう。
後立山連峰の姿は、血の混じった墨で描いた絵のようだった。有明山のまわりの空も美しい。

Amazing Grace がこの地にはある。

CIMG4171.jpg
CIMG4169.jpg

これから秋が深まるにつれて、もっといい風景に出会える時期。
楽しみながらいろいろやっていこう。
【2007/08/25 23:02】 | 農的生活日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
惨状・わが畑の場合
昨日の日記でもちょっと触れたが、安曇野穂高は8月に入ってから21日まで1mmしか雨の降らない、カラカラで非常に気温の高い状態が続いていた。
昨日かなり強い雨が一日降ってくれたおかげで、今朝は水やりの必要のないくらいに土はなかなかいいウェットな状態になっていたが、これも今日の予想最高気温35度のカンカン照りではまたかなり野菜たちには厳しい状況だ。

今年は目の届く範囲だけでやっているのだが、目に見える被害が出ている。もっと大きな畑は推して知るまでもなく、地元の新聞の報道などでは、リンゴも色づきが悪くなったり、稲にもだいぶ被害が出ているようだ。
スーパーに行ってみると、どおりで野菜の高いこと。今は我が家では葉モノが端境期で何も取れないので、仕方なく買いに行こうとするのだが、レタス1玉198円、チンゲンサイ2束158円などど、軒並み例年のこの時期の倍の値がついているので、なかなか手が出ない。
こんなに暑くなるとは思わず、僕も8月頭にレタスの苗を3本植えてみたけれど、水が足りないのと強烈な暑さとで全部1週間以内に枯れてしまった。そういえば、レタス農家には灌水設備が完備しているのだ。
来年畑を借りるときには、ホースやらタイマーやらソーラーパネルやらをうまく組み合わせて、自動灌水設備を自作しようと思っているが、さすがにうちのあたりの高さは水がとりづらく大変。井戸を掘ろうものなら数百メートル掘っても出ないケースがあるような扇状地上部の悲しさ。今すぐにでも貸してくれると言われている畑は用水路が流れているのだろうか?確認しに行ってこなければ。さもなければ、雨水貯蔵を本格的にやるきっかけになるかもしれないが。

とりあえず、我が家の被害状況を写真で皆さんにお見せしよう。

・トマトは大きくならないうちに赤くなり、一部は真っ黒に日焼けして食べてもおいしくない。
 (日照りの影響) --- 下の部分が真っ黒になっている!
CIMG4160.jpg

・ピーマンは本来完熟しないと赤くならない品種なのに、小さい状態で赤くなってしまう。
 (明らかに水不足と日照り)
CIMG4161.jpg

・ズッキーニは大きくならないうちに先端から腐っていく。
 (暑すぎるため)
CIMG4163.jpg

今日を最後に酷暑日は終わるようだけど、それでも普段ならもう最高気温が30度を超えることのない時期なので、まだまだ異常な暑さだ。
ようやく最低気温が20度を割り込むようになってきたので、もう少しの我慢かな。

早くもっと涼しくなってくれないと、昼間もぶっ通しで歩けない。せっかく宣言した日本一周冒険徒歩旅行が全然進まないじゃないか・・・・・・

そのうえこの暑さはやはり「ラニーニャ現象」のせいというのが定説なので、ということは今度の冬は大雪になる。2月は雪に覆われるこの地だけれど、もしかしたら12月から根雪になる?
それなら、早いうちに下半身を鍛えて冬場はスキー関連のバイトでもしようかな・・・という考え方もあるけど。

まぁ、おてんとさまには勝てない。自然を相手にする仕事の一番難しいところであり、同時に一番頭を使える楽しいところでもあるのだと思って、また頑張っていこう。
【2007/08/24 13:54】 | 農的生活日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
名古屋へ
ということで、21日~22日は、休載としました。
理由は、安曇野にいなかったからということだけ。
これからもこんな風に安曇野を離れている日には休載となりますのでご了承ください。

さて、この2日間どこにいたかというと、名古屋近辺。
ずっとお世話になっている環境NGO「環境市民 東海事務所」のボランティア・スタッフとして、名古屋郊外の某市の市民によるイベント企画のコーディネーション、そして翌日はホームページの打ち合わせをしていたのだ。

21日の夜、名古屋を去る前数ヶ月、週に1度は通っていた今池の「立ち飲みBar みーま」に寄ったら、懐かしい顔ぶれが揃っていた。そして話しているうちに10月に「みーま酒合宿第2回 in 安曇野」を決行することに。
都会に暮らす仲間たちと田舎とのつながりを創り出す絶好の機会だ。
近所の飲み仲間にも声をかけてみよう。

22日、帰りのバスに乗るべく、名鉄バスセンターへ。ナナちゃん人形の下を通ると、今、彼女は「どまつり」のハッピ姿だった。すっかり名古屋の夏の風物詩。
CIMG4157.jpg
CIMG4159.jpg

蒸し暑い名古屋から高速バスで松本へ戻ると、結構激しく雨が降っていた。
気温差12,3度はあるだろうか。
8月に入ってからずっと雨の降らず、21日までの降水量がわずか1mmだった松本平には恵みの雨だ。

からからで暑く、トマトは日焼けするわ、ピーマンは大きくならないうちに気がつくと真っ赤になっているわで、農作物にはありえない状況が続いていたが、これから平年どおりに雨が降って欲しいものだ。
槍ヶ岳へ登っていた友人、Nちゃんは雨に遭わずに無事に下山できただろうか・・・と思う一方で、やはり雨がないと始まらない農業者のはしくれとしての僕。

明日はまた酷暑が戻ってくるという予報だが、明後日からはだいぶ暑さも収まるようで、ようやく秋蒔きの種が蒔ける状況になるといいのだけど。
【2007/08/23 18:15】 | ちょっとお出かけ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
オーシャン・パシフィック・ピース、あるいは、地球温暖化
名古屋でのマンション暮らしの時代は、テレビを持っていなかった僕だ。用もないのに見ようとはなかなか思えなかったのだ。かつてはテレビドラマを作りたかったし、今もNHKの朝ドラのホンとして書くにふさわしいネタもあるのだけど、なければないで何も不自由はなかった。
今はネットさえあればどうにでもなる。一時放送法に抵触するのではないかという話もあったがNHKは非常時を中心にニュース原稿をほぼそのままネットで流したりしているし。
一応スケープゴートとして、パソコンにつなぐTVチューナーを持っていたし(実際地震のときは重宝した)、今はワンセグ・ケータイもあるし・・・と思っていたが、電波が弱くて入らない。

でも、今のわが家には、13年前に買ったテレビが2台もある。古いブラウン管テレビ。
後ろのアンテナの配線を見ると、今では考えられないややこしい配線がしてある。あ、これ、僕の仕業だ。VHFとUHFはもともと別系統で昔のテレビはそれを前提に作られていたのに、アンテナからは混合されてやってくるので、分波器をつけて対応していたのだ。
それを見てとても懐かしくなる僕。もう少し、テレビ、見てやろうか。
ただ、今もほとんどテレビを垂れ流しにするようなことはない。見たい番組があるときだけつけて見る。

見たい番組は深夜だったり出かけている最中にあったりすることも多いけど、うちには録画のできる装置がなかった。今更ヴィデオデッキを買おうとは思えず、当然HDD/DVDレコーダーに手を出すわけで、先日日本橋の安い電器店に注文しておいたレコーダーが届いた。
で、早速つないでみて、古いブラウン管テレビで見ても画質がはるかによくなっていることに感動する一方で、旧式のブースターが地デジの帯域に対応しておらず、アナログUHF波と地デジ(UHF波の高帯域部分)の両立ができないことを知り愕然とする。
そのうえ、僕がアンチ讀賣派であることを知ってか、日テレ系のテレビ信州が地デジではどうしても映らない。だから24時間テレビは今年も見ずに済んだし、巨人が勝つのを見ずに済むわけだし、必ずしも悪いことばかりではないのだけど。
結局、周辺機器も含めて買い替え需要を必然的に作り出し、景気の浮揚を導き出すための、総務省の策略でしかないのだと改めて認識したわけだが、こんな弱者切り捨ての政策がまかり通るような世の中は早いところ終わりにできないものか。

いつから日本はこんなに旧式のものを大事にできない国になってしまったのだろう・・・
いつからこんなに優しくない国になってしまったのだろう・・・

そんなわけでときどきはテレビを見るようになった僕の今一番のお気に入りの芸人は「小島よしお」。流行りモノはあまり好きではないあまのじゃくな僕でも、あの微妙なセンスには大爆笑。
特に畑仕事でたくさん汗をかいた後には非常に効く。
それにあれだけ体を動かすとなると、どこまでが仕込みネタでどこからがアドリブなのかよくわからないわけで、そのハプニング性に思わず笑わされてしまうのだ。
まぁ、どこまであの芸風だけでもつのやら心配ではありますが。

そういえば昨日、くるりの佐藤くんがメンバー紹介でオッパッピーのポーズをやっていたっけ。
オーシャン・パシフィック・ピース。文法的には意味不明だが、意外にいい言葉じゃないか。
【2007/08/20 23:43】 | 農的生活日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
安心な僕らは旅に出ようぜ。
さて、お待ちかね、「くるり」のライヴへ。
今回のツアーは「ふれあいコンサート2007」という非常にベタなタイトルがついている。
岸田繁という人の感性は音楽を愛する旅人という点ですごく共感できるのだけど、ここまですごいタイトルをつけてくるとは、岸田くん、きみはやっぱり不思議なつかみどころのない人だ。

24時間テレビの会場を横目でチラ見しながら、県民文化会館へ。入り口に24時間テレビのメニューが貼ってあり、大ホールがテレビ信州によって押さえられていることを知る。くるりの人気からするとキャパ1000人ほどの中ホールではすぐに sold out となったのも仕方がないか。
でも、くるりの始まる前に大ホールでは信州のローカルスターのひとりで若き歌姫「宮川真衣」のミニライヴかぁ。こっちで時間つぶしてもよかったや。でも、募金をここで強要されたら嫌だな。
CIMG4148.jpg

さて、「くるり」について、僕の知ることから書こう。
立命館大学出身で今はギター&ヴォーカルの岸田繁、ベースの佐藤征史の2人がメンバー。
いろいろな音楽を吸収して「くるり流」にアウトプットした変幻自在なサウンドと、現代詩人としての評価も高く受けている岸田の詩の世界は、今や日本のロック・シーンを引っ張る一組だ。
これだけメジャーになっても、地元・京都の音楽シーンをすごく大切にしていて、だから僕は彼らに京都のエスプリを覚え、大好きなのだ。
僕が彼らに初めて出会ったのは、2002年に制作された「はっぴいえんど」のトリビュート・アルバム「HAPPY END PARADE」に収録されていた「あやか市の動物園」。第一印象としてはなかなかひねくれて面白いポップ・ロックだと思った。
それ以来、ずっと気にかけてきたバンドだったが、実は今回が彼らのライヴを見るのは初めてだった。

サポートメンバーとコーラス隊を加え新旧の曲を交えて、2時間半の大熱演。でもしっかり肩の力が抜けていて、楽しそうにプレイする彼らの姿は、ようやく生で出会えて本当によかったと思った。
しかし、噂に聞いていた抱腹絶倒の岸田くんのMCは、本当に腹をかかえたくなるほど可笑しかった。「鉄」だとは聞いていたけれど(かつての曲では「赤い電車」で京浜急行の音階を奏でるモーター音の電車の音をギターで再現していたり・・・)、まさか長野電鉄ネタでMCの半分以上の時間を費やすとは(笑)
でも、彼の話を聞いていると、なんだか新特急「ゆけむり号」に乗ってみたくなった。もう少し季節がよくなったら「ゆけむり号」で湯田中の温泉にでも行ってこようかと本気で思う。

本当に素晴らしいパフォーマンスだった。くるり、来年は大ホールを満員にしてくれることだろう。ありがとう。
でも、小さなクラブやライヴハウスの方が彼らの音楽性にはやっぱり合う気もするのは、やっぱり僕もひねくれているか。


今回の戦利品。ケータイ・ストラップ(デザイン的にも素晴らしい)、缶バッヂ・ピンズ・ピックのセット。本当はTシャツが欲しかったけど、岸田くんが小柄なせいか、それとも女性ファン向きなのか、僕が着られるサイズがなかった。残念。
ちなみにこのエントリーのタイトルは、くるりを代表する名曲のひとつ「ばらの花」の歌詞から引用しました。
【2007/08/20 13:39】 | 田園音楽生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思わぬ形で善光寺まいり
8月19日。今日は待ちに待った「くるり」の長野ライヴの日。
折りしも会場の長野県民文化会館のある若里公園では、僕の嫌いな「24時間テレビ」の長野県の中央会場として大掛かりなイベントが行われていたし、ちょっと離れたビッグハットでは「三四六」のフェスティバルが行われていたので、きっと長野駅東口近辺は大渋滞だと思って、行きは高速バス、帰りはJRというルートで行くことにしていた。

※なぜ「24時間テレビ」が嫌いかというと、昔、お涙頂戴的な演出が多すぎて、本当の弱者の姿を伝えていないと怒れる青年だった僕は思ったからなのだ。
 自立可能な障がい者は、僕らがほんの少し手を貸すことで自立できるし、そんな前向きな姿をもっと見せて欲しかったのだ。一方で公的な扶助に頼らずには生きていけない人たちも多いけれど、なんだか悲惨な面ばかりを見せて、それで募金を募ろうという姿勢はまともなマスメディアのやることではないと思ってきた。
 もうここ数年、見たこともないけれど、今はどんな感じなのかなぁ。今年は大将まで走らせて、何の意味があるのかよく理解できていないのが正直なところ
まぁ、知ることが大切というのはようやく共感できるようになったけど、それは僕が年とったせいかも。

長野には早めに着いて、「蕃龍麦酒楼」という地ビールレストラン(信濃ビール直営)に久しぶりに寄って、景気付けのビールを軽く飲んでから行こうと思っていた。
ところが現地に行ってみると、なんと6月末日で閉店だったとの張り紙が・・・ああ、電車やバスの時間待ちにうまいビールの飲める店がまたひとつなくなってしまったか。いやはや残念無念。
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開演まで2時間弱あるので、まずは「かるかや山」西光寺を参拝。
学生時代、戸隠の山小屋で4年間、冬場は合宿生活を送っていた僕は、長野駅から戸隠へ行くバスが通る「かるかやさんまえ」というバス停の名前が妙に記憶に残っていたが、境内に入るのはまったく初めてであった。
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街中の小さなお寺だけれども、なかなか由緒のあるご本尊がまつられていて、家内円満や交通安全などにご利益があるそうだ。ただ、さすがに善光寺さんの陰に隠れて、訪れる人もほとんどない静かなお寺だ。
でも、ここは「絵解き」(神仏の縁起などを絵を用いて説明する伝統芸能)でも知られ、事前連絡しておけば住職の奥様が案内してくださるそうだ。ぜひこの次は。

そして、久しぶりに中央通りを善光寺に向けて歩く。安曇野より気温が低いとはいえ、都会のアスファルトの上、気がつくと背中を汗が流れ落ちていく。
ライヴの前にこんなに汗かいていていいのだろうか・・・

かるかや山から20分かけて大門へ。古い門前の町並みはいつ来ても落ち着く。特にもう夕方ということもあって、人も少なく、恥をしのんで「味噌ソフトクリーム」でも食べてみようかと思うが、今日のところはやめとこ。
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さて、善光寺だが、今、山門の修復工事中で囲まれていて、まるで城壁が本堂の前に立ちはだかっているような感じだ。この工事は年内いっぱい行われ、来年の初詣にはお色直しした姿で善男善女を迎えてくれる。
CIMG4144.jpg
参拝を終え振り返ると、空と雲のコントラストが素晴らしかった。なんだか秋を思わせる雲の感じだ。信州の夏は甲子園が終わると一気に秋へと変わっていくのだ。

今日のおまけ
無宗派の善光寺、善男善女なら誰でも迎え入れる、いわば「なんでもあり」のお寺なのだが、いくらなんでもこれにはびっくりした。
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お守りの自動販売機。果たして本当にご利益はあるのだろうか。
まぁ、どんな形でも信じるものは救われるということか。
【2007/08/20 02:20】 | ちょっとお出かけ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
スイカ!スイカ!スイカ!

スイカ。もともと小玉スイカの苗2本を5月に植え付けたところ、今年はなんと12個成った。
一番大きいのは松本平の特産、波田町の下原スイカと同じような大きさにまで育ったが、ソフトボール大のかわいらしいのも成った。

8月19日朝、一気に収穫。朝からあまりに暑くて、スイカもほかほかに温まっていた。

まだ農業者としての登録をしていないので出荷はできない。(コソッと直売所に置いてこようかな。)だけど自家消費するには多すぎる量。よってまずは近所にお礼かたがた配る。不在時に水やりや受粉をしてくれたお隣のKさんと、かわいい双子ちゃんの父ちゃんで長年の飲み友達でもあるTさんにおすそ分け。まだ手元に残っているのは、これから誰に持っていこうか。

後始末やらなんやらしていたら、気がつけばサイトウ・キネン・フェスティバル歓迎吹奏楽パレードの時間が過ぎ去っていた。残念。まぁ、来年を楽しみにしようと思う。

落ち着いたところでやっと新聞をゆっくり見ていると、なんとサイトウ・キネン・フェスティバルの公開リハーサルの観覧を受け付けているとの記事が。慌てて往復はがきを買ってくる。
果たして当選するかな? 平日の日中という非常に悩ましい日なのだけど、その日は必要最小限の仕事しかしないようにしよう。

~後日談その1~
CIMG4149.jpg
8月20日、昼食後のデザート用に一番小ぶりなソフトボール大のものを切ってみた。
小さくてもしっかりスイカ、種もしっかり育っているし、よく熟れて皮はすごく薄い。
食前ながら食べてみたら、ものすごく甘い。だけどスイカらしいみずみずしい水分も豊富。よくぞこれだけの日照り続きの中、しっかり育ってくれたぞよ。ありがとう!
来年からの本格的な栽培に備えて、糖度計を導入しようかと思うが、値段はいかほどなのだろう? あとでホームセンターに行く用事があるので、そこでちょっとチェックしてみよう。

まずは、残りを冷蔵庫で冷やしておこう。
【2007/08/19 11:48】 | 農的生活日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
サイトウ・キネン・フェスティバルはじまる(8/15)
昨日今日と、あるWebサイト作成で多忙だったため、アップ遅延をお詫びします。

「ガク都・松本」
北アルプスと美ヶ原に囲まれた美しい城下町、松本のことを、トリプル・ミーニングで「ガク都」と呼ぶ。漢字を当てはめると、「岳都」、「学都」、そして最近は「楽都」というのが加わった。
 →ガク都について(松本市公式観光情報ポータルサイト「新まつもと物語」より)
そう、1992年にはじまった「サイトウ・キネン・フェスティバル」がそのきっかけだ。
クラシック好きだけではなく、僕のようなあまりクラシックに造詣のないポップス系の音楽人でも、今や松本の夏の風物詩となったこのフェスティバルの話を聞くとわくわくしてくる。
ましてや小澤征爾さんが病から復活のタクトを振ろうという今年、僕は隣町の住民となった。
だから、ぜひ今年はお手軽な公演を聴きにいこうと思っていたけれど、安曇野に移る決心をしたときには既にオペラの高い席しか残っていなかった。
松本平の人たちにとっても大きな楽しみであると同時に、日本中、いや世界からたくさんの人がこのフェスティバルを楽しみにしているのだと改めて実感する。

そんなわけで、今年は外野応援団として、ニュースからの情報、そして、実際に松本の街で見たり聞いたりしたものをアップすることにしようと思う。参加するのは来年からにしよう。

そういえば、松本市市制施行100周年記念事業のマスコット・キャラクター「アルプちゃん」もヴァイオリンを持っている。愛らしい女の子のキャラクター。地方限定ゆるキャラのひとつだけど、デザイン的にもなかなか思想が深くてよい。
アルプちゃん
余談だが、この夏の甲子園の1回戦での松商と近江高校(滋賀県彦根市)の対戦は、「キグルミ対決」だと思ってしまった。NHKの中継での「ふるさと紹介」でも、「アルプちゃん」と「ひこにゃん」が登場、国宝の城のある街という共通点もあって非常に興味深かった。どちらの街にも「ベロタクシー」(自転車タクシー)が走っているし、環境をしっかり意識した観光都市という共通点もある。

8月15日、午後から所用で松本の中心市街地へ。夕方、まだ35度近い気温の中、用先からバスターミナルへ戻る途中、久々に中町・女鳥羽川沿い近辺をふらりと歩いてみた。

松本ぼんぼんのちょうちんはまだ残っていた
まだ、10日前の夏祭り「松本ぼんぼん」のちょうちんが女鳥羽川の橋の上にはそのまま残っていた。これがフェスティバル気分を盛り上げてくれる。

そして、中町の蔵づくりの店のウィンドウにも「サイトウ・キネン・フェスティバル」の旗や関連行事のポスターが貼ってあった。もちろんビルの中のお店にも。

街のいたるところで旗やポスターを見かける



この日はいよいよフェスティバルの開幕日。ザ・ハーモニーホールでの「ふれあいコンサート1」からのスタートだ。
オープニング公演ということもあって、例年早くにチケットが売り切れてしまう人気の室内楽公演。今年はモーツァルトの「ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K454」(ヴァイオリン:ロバート・マン ピアノ:江口玲)が最初の1曲で、語りと音楽の時間もあったり、なかなか楽しそうだ。
何度もカーテンコールが起こる、初日からの大盛り上がりで、オペラのリハーサルからかけつけた小澤さんも「すごい!すごーい!」と叫んでいたとか。

明日(8/19)は朝から恒例の「歓迎吹奏楽パレード」、そして松本城本丸庭園内に全員集合しての市民楽団の合同演奏会。毎年とても盛り上がる行事だ。行けたら見に行きたいなぁ。そしたら明日は音楽漬けの一日だ。(三四六に会いに長野・ビッグハットに行くわけではないけど。念のため。)
ああ、その前にWebサイト作り上げなくては・・・ 旅がどんどん遠くなっていく・・・ 来週は雨の日が多くなるようだし。
【2007/08/18 16:34】 | 田園音楽生活 | トラックバック(3) | コメント(4) | page top↑
写真追加です(8/11,14分のエントリーについて)
遅くなりましたが、ようやくSDHCメモリーに対応するカードリーダーを入手したので、過去のエントリーに関係のある写真をそれぞれにアップしておきました。ごゆるりとご観覧ください。




ちなみにここに貼り付けたのは、昨日、松本から戻る高速バスの車内から撮った逆光線たち。
雲とそこからもれる光線の織り成す繊細な光沢感は、いつ見ても心が洗われる。

松本に行くとき、中心市街地では駐車場代が高いので、いつも豊科インター、もしくは長野道明科バス停のバス利用者専用駐車場に車を置いて高速バス(長野~松本線)で行く。いわゆるパーク・アンド・ライドを細々ながら実践しているわけだ。
運賃は片道、明科~松本は170円、豊科~松本は120円と激安。ガソリン代と駐車場代、そして暑い中ボーっとしながら運転するリスクを考えるとはるかに安全で割安だ。でも高速を下りて松本市街地に入る「渚交差点」や「松本駅前」が慢性的に渋滞しているので、たいてい5~20分遅れてしまう。時間に余裕がないと使いにくい。
さらに平日は朝夕は30分おき、日中も1時間おきに出ていて便利だけど、土日祝日は夜は19時台が最終。もし乗り遅れると電車で最寄り駅まで行き、タクシーでバス停に行くことになり、そのタクシー代は本当にバカにならない値段なのだ。(歩くと40分かかってしまう。特に雨や雪の日は辛い)
また駐車場も満車になるケースもあり、やむなく車でその先に行く羽目にあうこともある。
そういうときに限って渋滞したり駐車場の入り待ちに時間がかかったりするんだよなぁ。

やはり、もう少し季節がよくなったら、駅から家まで約4km、自転車で行き来した方がよさそうだな。でも疲れて帰るときは、ひたすら上り坂の帰り道は非常に辛い。この前など酸欠になってしまった。軽いギアを回すのが不得意なので、これからギアの使い方をしっかり学習しよう。
【2007/08/16 21:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
え、また殺人事件!?
僕が安曇野に引っ越しを開始してからまだ2ヶ月経っていないが、その間にこういう殺伐としたニュースが入ってくるのは2件目だ。
名古屋にいた4ヶ月前にも自宅マンションから幹線道路を挟んだ反対側でワイドショーの恰好のネタとなった殺人事件が起きている。あのときは「都会だからこういうこともあるさ」と割り切っていたが、田舎暮らしを始めてからも自分の行動圏内でこういう事件が起きるのは本当に悲しい。

先月起きた1件目は、金目当ての犯行だったという。被害者のおばさんには気の毒だけど、こういう犯罪は今の社会や経済の状況を見ていれば、追い詰められてやさぐれなければならなかった加害者の気持ちもある程度理解できる、仕方のない犯罪なのかも知れない。いずれにしても人の命は何にも代えられないものではあるが。
昨日起きた2件目は、離婚話のもつれからだと報道されたが、当事者を通りすがりに知っていただけに何が彼をそこまで追い詰めたのかと思わずにはいられない。たぶん大糸線を通り抜けて旅をしたことのある人なら、乗り換えの待ち時間に駅から近いこのお店で食事をした経験のある人もいるに違いない。だってその駅の近くにはそのお店ぐらいしか飲食店がないのだから。

僕自身も離婚でボロボロになったことを思い出すと、こういうとき男は本当に弱いものだと思ってしまう。僕自身それが痛手となって「もう名古屋にしがみついている必要はない」と決心できたのだけど。
だからといって人を殺してはいけない。それは5歳児でもちゃんと理解していることなのだ。

だから僕は自然の中に自分を逃がしてやることで追い詰められた自分を救おうとしたから、安曇野にやってきた。

13年前、父がこの家を建てたとき、雨戸をつけて笑われたことを思い出す。
台風銀座の南の町で育ち、進学で東京に来て以来ずっと東京暮らしだった父にとっては、家には雨戸があるのが当たり前だった。
でも信州には雨戸のある家はほとんどない。最近でこそ大手メーカーの家で標準で雨戸がついていることもあるが、基本的には雨戸はついていないのだ。習慣もなければ必要もない、そんなものなのだ。
それどころか松本サリン事件が起こる頃までは、ちょっと近所に行くぐらいなら玄関に鍵をかけずに出かけてしまう人も多かったのも事実だ。今でこそ空き巣狙いや温泉施設の脱衣所泥棒など増えてきて、僕も自衛のためについ鍵をかけてしまうし、暑い夜でも通常誰もいない1階は必ず締め切ってから寝る。数日間家を空けるときは雨戸も閉めてしまう。
これは都会育ちの悲しい習性かもしれないな。

この2件の事件で亡くなったおふたりのご冥福を祈るとともに、これからこういう悲しい事件が起こらないように、地域のつながりを大事にしていきたい。
加害者はふたりともきっと孤立してしまったんだと思う。誰か相談できる人が近くにいれば、こんなことにはならなかったのだろう。

まずは挨拶からしっかりとしよう。そこから僕のつながりが始まるのだから。
【2007/08/14 17:59】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
ああ、早速挫折。


今朝宣言したばかりで恥ずかしいので小文字にて失礼します。
夕方一度駅の近くまで車で下りてデポしておき、最終の100円バスで昨日の終着地点まで行ってから歩こうと思ったのだけど、17時近くなっても気温は34度ある。この状態で歩いたら、体調万全ではない今は確実に倒れそうだ。
昼過ぎに所用で豊科まで行ったのだけど、車のエアコンがまったく効かない。あっという間に着替えたばかりのTシャツは汗だくに。食欲も心なしか落ちてきている。
ヤバイ。夏バテか。

そのうえ3軒隣に別荘を持つ叔母(正確には母のいとこ)一家が来ていて、スイカと京都みやげの漬物を届けなければならない。ついでに一緒に花火を見に行こうかという魂胆もあるのだけど。

ペルセウス座流星群もピークを過ぎたそうで、今夜はタイミングが悪ければ1個も見られないかも知れないということだから、諦めもつくというものか。

明日は終戦記念日。世界平和への祈りをこめて、朝一でちひろ美術館まで歩いて行こうか。
昼過ぎから所用で松本に出なければならないのだけど、自宅からちひろ美術館までの9kmなら朝のうちならきっと歩けるはずだ。そう信じよう。

夏の暑さに負けない体力を、これから1年かけてつけよう。
引越しのゴタゴタで体づくりどころか逆に増量してしまった今年の初夏を反省材料にして。
【2007/08/14 17:21】 | 安曇野を歩く | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
もうひとつの旅立ち、新月の日に


8月13日が今月の新月だった。

ある種の占星術だと「月人」に分類される僕にとって、月の満ち欠けが地球上の事物に及ぼすさまざまな影響については嫌でも興味を持っていた。
もっとも占いは「いいコトだけしか信じない」タイプの人間なのだけど、数年前に旧暦(太陰暦---月の満ち欠けをベースにした暦)に従って家庭菜園をやってみたところ、なるほど理にかなっていると実感した。その年は恐ろしく長く暑い夏だったのだけど、旧暦だと盛夏にあたる6月が閏年で2回あったということに納得。そんな夏に水の管理を怠ったらてき面に収穫に影響が出たし、暦の進みが遅くなっている分冬の訪れも遅く、11月までトマトが露地で収穫できたし、そのとき以来田園生活には旧暦の発想が必要だと思ってきた。

そして去年新しく仲のよい友達になった女性が、この5月の新月の日にアロママッサージのお店をオープンしたのを少しだけお手伝いしながら、改めて月のパワーを知ることになる。
特に女性の身体は月の満ち欠けの影響を受けているわけで、彼女のお店(=女性向けの癒しの場)のホームページを作りながら、僕も常に月のことを考えていた。

新月から月が14日かけて満ちていく間のパワーは、何かを始め、創り、広げていくのにふさわしい力があると彼女は言う。逆に満月から新月に向かう14日間は守り、温め、ときには軌道修正をしながら育てていく時期がふさわしいと。
なるほど、そういう発想もあったのか。11歳も年下の彼女から、僕はなんだかいろいろと地球上で生きていくのにとても大切なことを教わったと思う。Yさん、ありがとう!

そんなわけで、ずっと温めてきたことを実行に移そうと思ったのだ。

数年前、客先に常駐して開発を進めてきたシステムズ・エンジニア(システムは複数形が正しいと会社を辞めた今でも信じてる・・・余談ですが)として、昼も夜も休日もない生活、怒声の飛び交う職場の中に、僕の身体と心のバランスが崩壊してしまった。突発性難聴、慢性胃腸炎、不眠といった身体症状が現れ、それぞれ対症療法でやり過ごそうとしたが、ひとつの症状が消えるとまた別の症状が現れるという状態で、正式に「うつ病」と診断されるまで2年近く頑張り過ぎたのだ。
その後病欠を繰り返し、良くなったり悪くなったりの日々が続いたのだが、その悪い流れを断ち切ろうと長距離徒歩旅行に出かけることになった。

最初は4年前に岐阜県大垣から伊勢神宮まで、10日間ほどかけて歩ききった。仕事をしながら休日につないで歩くというスタイルしか取れなかったので、毎回目標地点を決めてそこから家に帰り、また次の休日にそこから次の目標地点まで行くというやり方だった。そのときはとにかく毎日20kmを歩ききるということに精一杯で、それほど余裕のある旅ではなかった。
3年前には琵琶湖を15日ほどで一周した。それもやはり同じ休日に歩きつないでいくスタイルだったが、伊勢への旅の経験で体力が上がったおかげで周囲を見回して楽しく歩けるようになった。ときどきは友人たちが一緒に歩いてくれて、話しながら歩いた。途中で出会った人たちともときどきは話せるように戻ってきた。
2年前から熊野古道伊勢路(伊勢神宮~熊野本宮大社)を同様のスタイルで歩いてきて、今年の2月に熊野速玉大社、熊野那智大社を参拝し、あとは本宮までの雲取越の道を残すのみとなった。
ただ、その旅の途中、うつ病の薬の作用が悪い方向に働いたのか、躁鬱の様相が出てきて入院、退院後には家庭が崩壊、さらには再発を恐れた会社からは身体も頭脳も元気になったのに半強制的に休職させられたり、本当に散々な時期だった。

悪い流れを断ち切るために出たはずの旅だったのに、別の悪い流れに引き込まれてしまったようだ。

でも、悪い流れは立ち止まって改めて現状認識をすることで変えることができる。僕はそこで安曇野に暮らすことを決意した。少しでも自分の気持ちが落ち着いていられる場所で、ゆっくりと暮らしていきたかったのだ。

それが僕にとっての本当の旅立ちだった。不惑の年になろうとも、ようやく40にして立つことができたのかも知れない。
フリーランスになることは実現したけれど、まだ本格的に仕事ができる段階にはこれからが勝負だ。
そして農業を本格的に始めること。新しい安曇野ブランドを創る基盤のひとつとなることを実験的に始めてみようと思う。
だけど、そんな思いが形になって動き出す前に、僕にはやりたいこと、やるべきことがある。

旅人は旅をしているからこそ旅人なのだ。
ようやく定住の地を見つけたけれども、毎日を「日常」にせずにやっていきたいからこそ、日々の暮らしも旅なのだ。

前置きが長くなってしまった。
とにかく、計画は全然まとまっていないのだが、まずは行動から始めようと、昨夜、新月の夜、ちょうど日付をまたぐ時間にナイトウォークに出た。

これから日本一周徒歩の旅を始めるのだ。


ツール・ド・フランスでも初日はだいたいが出発地点から周回コースで戻ってくる。だから僕もそれに倣って、有明一周を試みた。

しかし、思ったように身体が動かない。引越しのゴタゴタで外食が続き、体重が増えてしまったこともあるのだろうか。それとも精力的に県外も含めていろいろなところに顔を出してきた疲れもあるのだろうか。

だけど、熱帯夜とは無縁のこの地の夏の夜風は本当に気持ちがいい。折りしもペルセウス座流星群の美しい夜。流れ星が落ちてくる北の空に向かっていると、何個も明るい光が流れていく。願いをこめるには短かすぎる時間。とても3度も唱えることはできない。
それでもそのたびに大切な人たちの名前を口にしてみた。そうすることで彼ら彼女らにも幸せな気持ちが届くようにと。



さぁ、これから旅のおおまかな計画をしっかり立てよう。でも常に余裕をもって、行き当たりばったりになってもいいようにしよう。
まずは北海道を目指そう。小樽行きのフェリーの出る新潟まで今月末にはたどり着けるだろうか。

今夜は第1回安曇野大花火大会だけど、きっとこれから毎年の恒例行事になるだろうから、今年は歩きながら遠くから眺めてみようと思う。一緒に見ようと言ってくれた友人たちには申し訳ないけれど。

今日は夕方涼しくなってから歩き始めよう。どこまで歩きつなぐことができるだろうか。終電で帰宅できるところまでしか行けないし、出発の時間次第では大した距離は行けないかも知れない。
でも、流星群が見えるうちはしばらくナイトウォークを楽しみたい。昼間の風景はよく知っているところだから、夜、暗闇の中を行くのは新鮮な気持ちで歩ける。

ということで、この旅については別のブログでも展開します。ケータイから写真つきで簡単に更新できるところを探したら、このブログにもリンクを張ります。
【2007/08/14 12:24】 | 安曇野を歩く | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
暑い。とにかく暑い。~安曇野通信第一便
暑い。とにかく暑い。
それほど長くない眠りから目が覚めても、その暑さのパンチは強烈過ぎて起き上がることができない。

安曇野で暮らす最初の夏。年に1,2回は酷暑日(35℃以上)のある松本平なので、それなりに覚悟はしていたが、二日酔いの朝にはこれはとても辛かった。
もっとも本来なら二日酔いになるような量は飲んでいなかった。引っ越しの疲れ、慣れない土地で始めた新しい生活へのプレッシャーなのだろうか。


僕が安曇野に暮らすことになった理由や経緯は追々話していこうと思う。
でも都会のペースにはもうついていけないのだという現状認識がここにはあったのは間違いないとだけ言っておこうか。

夕暮れ。適度なピンクに染まる東の空の雲の美しさは筆舌しがたいものがある。ほんの数分でその色は消えてしまうその刹那さに、僕は魅せられているのかもしれない。
だから、今日は写真を撮る間もなかった。綺麗だと思ってデジカメを取りに行って戻ってきたときには、その綺麗さは半減期を迎えていたのだ。


はじめまして。安曇野新住民として、これから見たもの感じたものを少しずつここに書いていきたいと思う。
何よりもこんな美しい風景の中に暮らせることを僕は幸せだと思うのだ。そんな思いを皆さんにおすそ分けして、少しでも何かを感じていただけたら幸いだ。

僕は愚直にも美しいものを美しいと、綺麗なものを綺麗だと、そして、普段の生活の中で感じた喜怒哀楽を皆さんに伝えたい。

ということで、これにて安曇野通信第一便を終わります。
【2007/08/11 01:10】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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