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泥酔の貴公子の奇行に、われ思ふ。
某アイドルグループの某メンバーが、泥酔して全裸で深夜の公園にて逮捕のニュース。僕は3年前の自分の姿をだぶらせてとても同情してしまった。
その頃、僕は心を病んでいて、もう長いこと薬物療法をを行っていた。無理矢理テンションを高めて、いわば擬似的な躁状態を作り出してしまうその治療薬は、酒との相乗効果で本当に奇行をさせてしまう。自ら意識なく、そんな風に行動してしまうという恐ろしさ。
さすがに僕は全裸で公園にいるなんてことはなかったけど、泥酔して神社の軒下に倒れて警察に保護されたこともあったのだ。どうも倒れる直前には大声で歌っていたらしく、それで通報されたと後で知らされた。
「いい人」のイメージの強い彼が本当にいい人でいなければならないというプレッシャーは、いつしか彼の心に暗い影を落としていたのではなかろうか? いくら「鬱は心の風邪」というのが世間的に通用する時代になっても、アイドルが精神科領域の患者になることは許されず、それでも「いい人」としての仕事はどんどん来るわけで、自己同一性の崩壊が起こるのは当然の帰結なのかもしれない。
強者の論理の中だけで生きてこられた人にはわからない苦しみ。「最低の人間だ」などという評価を下すような輩もどんどん出ている中で、僕は暴論と言われてもいいから彼の苦しみに対して同情を禁じえない。
とにかく、彼にはもっとプレッシャーの少ない状況下で、ゆっくりと再起してもらいたいと思う。人間の弱さを自らの経験の中にしっかり認識できるということは、役者としての一番の強みになるのだから。
単に酒の力で変な気になっていたのではなく、そんな背景がきっとあると僕は信じている。

ほかにもっと書かなければいけないこと、たくさん抱えている僕だけど、このニュースには同じ苦しみを味わい、挫折し、それでも自分の中の革命を進める力を得てきた僕だからこそみんなに伝えたかったのだ。
僕はすべての人が本来持っているべき優しさを信じたいのだ。言いたいことはただそれだけ。

そして、抗鬱剤、向精神薬のもつ怖さ(特にアルコールとの相乗効果)について、もっと情報公開されるべきだと思ってならない。やみくもにその手の薬を処方する「儲け至上主義のにわか心療内科」医師に対する僕の恐怖感と不信感はいまだにぬぐえないし、一時期この酒好きな僕が本当に酒に溺れてまともに飲めないでいた状況を思い出すと、同じ過ちを繰り返す人がひとりでも減って欲しいと思うのだ。
どう見ても、このアイドルの奇行は、アッパー系の精神薬を服用している人間が泥酔して奇行に走る姿そのものにしか僕には見えないので、言わずにはいられなかった。
3年前の自分の情けなさを思い出しつつ。

※この記事に関しては、コメント、トラバは一切受け付けません。あしからず。関係ない記事に対してこの記事へのコメント、トラバされた場合は無条件で削除します。暴論だからこそ一方的に伝えます。それがネット上の声の大きいヤツの暴力へのささやかな抵抗です。
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【2009/04/23 22:51】 | ニュースから | page top↑
さらば、ムトウハップ(涙)
ムトウ(六一〇)ハップという入浴剤をご存知だろうか?
硫黄分を含んだ気持ちのいい入浴剤で、銭湯では薬湯として使われたりしてきたし、家庭用でも熱狂的なファンのいるものだった。

そのムトウハップ、商品名としてはあまり報道されることはなかったけれども、昨今の硫化水素自殺問題では硫化水素の発生の要素として使われ、販売の自粛要請がされていたのだという。
そうか、だから最近ドラッグストアなどで目にすることがなかったのか。

硫化水素発生のメカニズムについては、ここで書くと自殺幇助になる可能性があるので触れることはしない。どうしても知りたければ、公安にマークされることを覚悟のうえ、自己責任、誰も巻き込まないと約束したうえで検索して欲しい。

そもそも、硫化水素自殺は単なる自殺ではなく、他人を巻き込むということで立派な犯罪だと僕は思っている。
僕自身、鬱っぽかったときには確かに死にたいと思ったこともあるのも事実だけど、他人を巻き込んでは絶対にいけないと思っていた。だから鉄道自殺やビルからの飛び降りなどはもってのほかと考えていた。
もし仮に、誰かと抱える苦しみに共感しあったとしても、心中などということはしたくはないし、僕がもし今後自らの手で自らを殺めるとしてもひとりひっそり、誰にも気づかれないように、絶対に死体が上がらないように死んでいくだろう。

とは言っても、今は死ぬ気などまったくないのでご安心あれ。
あくまで、仮定の話です。


そのムトウハップの製造元である、武藤鉦(むとうしょう)製薬(名古屋市)が、今回の販売自粛をきっかけに廃業を余儀なくされたというのだ。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081125_610hap/
http://www.j-cast.com/2008/11/26031008.html

この記事を読むまで、僕はムトウハップが名古屋で製造されていたことを知らなかった。
そうか、だから名古屋近辺の銭湯の薬湯ではムトウハップを使っているところが多かったのか!
でも創業100年を超える老舗にもかかわらず、無責任な自殺者に利用されることで廃業に追い込まれるとは、いやはや無念と言うしかない。

正直あの硫黄分の多さは、アトピーなどを抱えている人にはかなり荒療治なものなのかもしれない。
でも都会の温泉好きにとっては、なかなか行けない温泉「硫黄泉」の代用品として、銭湯の薬湯だけでも本当にありがたかったのだ。

こんな形でムトウハップとお別れすることになろうとは、予想だにしなかった事態に僕も悲しくてたまらない。
やめないでの声がたくさん届いているようだけど、製造再開はどうやら難しそうな雰囲気だ。


でも、安曇野近辺には素晴らしい硫黄泉の温泉が何ヶ所もある。
白骨、乗鞍高原、奥飛騨温泉郷の一部(平湯、新穂高など)・・・
そして、中房温泉とその源泉付近から引き湯している穂高温泉郷も単純硫黄泉なのだ。

心が渇いたらまた来よう、 安曇野へ

これは安曇野市役所「安曇野ブランド推進室」が全国に向けて発信しているキャッチコピーだ。

都会でのハードなエンジニア生活にすっかり疲れて「生きる希望」すら失くしていた僕が、安曇野に暮らして生き返り、白髪が大幅に減ったほどまで若返ったという事実からも、このキャッチコピーは捨てたもんじゃないと思う。むしろ、正しい感覚なのだと積極的に感じている。

命を落とす硫化水素ガスはなくてもいいけど、硫黄はやはり命を維持するに必要な物質なんだろうな。だから僕らは硫黄泉の温泉を愛してやまないのだ。

今日は11月26日、いい風呂の日。

CIMG3255.jpg
写真は本文とは関係ありません。今日夕方の安曇野の美しき西の空。
【2008/11/26 23:23】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
凄いぞ!折田先生。
もう21年も前の話。受験生だった僕は京都大学が第一志望だった。だけど浪人してまでその夢を追い、模擬試験でもかなりいい線まで行っておきながらも、いざ出願の段階になって母親の猛反対に合い断念したという屈折した過去がある。
何よりもその自由な学風に僕は憧れた。人一倍自立心が強かったのは、親への抵抗と反発からだったのだけど、その自立心、そして自ら考え行動する欲望を満たすことができる大学は、最高学府の東大ではなく、やはり京大が一番だと思っていた。その次が北大かなぁ。結局どっちも受験させてもらえなかったのだけど。

都内の私立大学に通うようになった僕は、長期の休みには京大に初志貫徹して進学した高校時代の同級生を訪ね、休み中のキャンパスや左京区方面の街でニセ学生を演じた。その中でフェイク京都弁も覚えるわけだけど。
当時の吉田キャンパスは僕が通っていた大学とは違ってさまざまな立て看板が並び、そこには政治的なものからサークルの勧誘までペンキで書かれていて、とても雑然とした雰囲気があったっけ。
ここ数年、京都に行く機会が増えたけれど、市バスでキャンパスの横は通っても中に入る機会はまったくなかった。だから今がどんな感じになっているのかわからないけど。

そんな中、ここ数年来話題になっている「折田先生像」が今年も登場したとのニュースが。(京都新聞電子版2/25付より)
今年は「アンパンマン」のキャラクター「てんどんまん」だそうだ。

「折田先生像」とは・・・
京大の前身、旧制第三高等学校の初代校長、折田彦市氏を記念して作られた銅像。
京大の自由な学風の基礎を築き上げたのが折田先生ということで、1940年に初めて銅像が作られ、戦時中の金属供出で一時は石膏像になったものの、1955年に再度銅像として建立。
京大草創期をしのぶシンボルとして愛されたが、1980年代後半から落書きやいたずらが後を絶たなくなり、1997年に総合人間学部図書館地下に幽閉されてしまった。
しかし、その後も、毎年入学試験のシーズンになると、どこからとなくハリボテで作られて出現する。そして雨風にさらされ、最後は何者かに破壊されて消えていく・・・

ああ、こんな遊び心が今の京大生にもしっかり息づいているんだなぁと嬉しくなってしまう。
それも単なるいたずらの域を超えて、世相を反映していたり、あるいは茶目っ気たっぷりだったり、インテリジェンスをしっかり感じさせる一方で、ハリボテの裏には女性アイドルの写真が必ず貼られているのが「伝統」だったりとちょっとサブカル感もあるわけで、人畜無害な愉快犯という感じでなかなか素敵だ。
ちなみに去年は不二家の騒動に反応して「ポコちゃん」だったそうだし、今年の「てんどんまん」は食に対する危機感が表れていると評されている。

ところが、これが京都新聞電子版に載ったのを見た「アンパンマン」のキャラクターの版権をもつ会社から京大へ問い合わせがあり、大学側が実情を説明したところその会社からは「撤去要求はしないが著作物のイメージを損なわないようにしてほしいとの要請」があったそうだ。
それを受け、京大のサイトには、淡々と「吉田南構内の風物詩の一つとして一定の期間状況を見守っています。」、「一番望ましいのは制作者が判断して自主的に撤去されることですが、それがかなわない場合は、折田先生像が風雨に打たれ、誰がみてもみすぼらしい可哀相だということになった際に、当方で撤去せざるを得ないと考えています。」といった事実上黙認という声明を出している。
ああ、この対応も京大ならではの自由さのなせる業だなぁ。ますます嬉しくなってしまう。

同じことをもし僕の出身大学で創設者像に対してやろうものなら、大学当局が即刻撤去すると同時に犯人探しをすぐに始めることだろう。リベラル派の僕の師匠や現学長なら笑って許すに違いないけど、保守派の論客も多い大学だけにそういう動きが起こるのは間違いない。

もう僕が京都大学に学ぶことは無理だけど、何らかの形で京大出身者や関係者と接する機会はきっといくらでもあるはずだ。
日本一自由なキャンパスで磨いた知性と触れ合うことで、僕もいい刺激を得ていけたらいいなと改めて思う。
もちろん、京大関係者以外でも、自由で柔軟な発想を持っていろいろな物事に取り組んでいる人たちにたくさん会っていきたい。そんな人たちから盗めるものはどんどんもらって、もっともっと心の大きな人間になっていきたい。

そんなことを考えさせてくれる「折田先生」像。凄いぞ。素敵だ。
間に合えば4月あたりに京都を再訪して実物を見てみたいものだ。それまで破壊されずに残っていることを願いつつ・・・

参考サイト:折田先生を讃える会
Googleサーチ:折田先生
【2008/03/03 21:39】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
悲しみの中にも一筋の光を感じる。
熱気球での単独太平洋横断を試みて消息を絶っていた冒険家、神田道夫さんの捜索が打ち切られたというニュースが入ってきた。ああ、やっぱりダメだったか・・・
今や人並み程度の体力さえあれば、ちょっと大金を積めば誰でもエベレストに登れてしまう時代、「冒険」という言葉がずいぶんと安っぽくなってしまった気がする中、神田さんの飽くなき挑戦には本当に頭が下がる思いで僕はずっと応援していただけに残念、無念という思いでいっぱいだ。

ところがもっと悲しいことに、mixiのニュースにその記事が載るやいなや、日記とやらでバッシングの嵐が始まったのにはびっくり。それも誰もが無謀と思っていて、しかるべくして行方不明となった「風船おじさん」と同じレベルの扱いなのだ。
しっかりとした技術を持って、成功する可能性が十分にあるからこそ挑んだ神田さんを、無謀な「計画なき目立ちたがり屋」と同じ扱いをされるとは、冒険という言葉も地に堕ちたものだ。

なぜこんなにも「同質であること」をよしとし、ちょっと目立ったことをしようものなら「異質なもの」としてバッシングされる風潮がはびこるようになってしまったのだろう・・・
正確な知識を持たずにただ批判だけする人間の多さに本当に腹が立ってならない。

まぁ、今に始まったことじゃないけど、5年ほど前、イラク戦争の真っ只中に人質になった人たちに対して「自己責任」という言葉の意味を歪めてまでも叩いた連中がたくさんいたのを思い出す。それも無責任な在野の野次馬が言うだけならいいけど、あのときは政府高官やタカ派議員までもがそうやって叩いていたよなぁ。
本来、日本政府としては海外にいる日本人の安全を守るというのも大事な使命なのに。
ちょっと話が逸れてしまったけど、そんなことを思い出してしまう。

ただ、バッシングが多くを占める中に2割ぐらい「残念だ」とか「捜索に協力してくれた米国に感謝しよう」という意見もあるのにはちょっとだけ救われた気がする。
大きな声の奴らがのさばっている中でも、小さくとも人が人を敬う気持ちをこめた言葉がちゃんと生きていることに、僕はまだまだmixiも捨てたもんじゃないなと少しだけ安心した。

mixiの日記で「書く」という訓練をしている人たちが、いずれ何らかの形でもっといろんな場所に書いていくようになったら、SNSやblog、さらには新聞の投書欄などの市民メディアはもっと面白くなるはずだし、そんな中から社会を変えていけるかもしれない。

さぁ、みんなもっと文章力を磨いていこうよ。僕もたくさん書いて磨いていくからさ。
少なくとも独りよがりで大声を張り上げるのではなく、冷静に、誰かに読んでもらおうという気持ちの入った文章を書いていれば、きっと共感してくれる人はどんどん増えてくるわけだからさ~。
レトリックよりも何よりも大事なのは、誰かに何かを伝えたいという想いだと僕は愚直にも信じていこうと改めて思うのだ。

悲しいニュースの中にほんの少しの光が見えた気がする。そう言うと僕は「なんてお人よしなの」と言われてしまいそうだけど、それでいいのだ。
【2008/02/16 20:38】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
哀悼の記~Take Me Out to the Ballgame
加藤博一さん死去。享年56歳。

昨年末の島野育夫コーチに続き、タイガースOBで僕が大好きだった往年の名プレーヤーが亡くなった。
折りしも今朝、ロッテの清水直行投手の奥様が亡くなったという、自分よりも若い人が小さな子を残して逝くという悲しいニュースを知ったばかりで、野球関係者の早すぎる死がこのところ本当に痛ましくて泣けてくる。

僕にとっての加藤さんの思い出。
小学生のときに神宮球場にヤクルト-阪神戦を観にいったのが、僕にとっての初めてのプロ野球観戦だったと思う。そのとき、確か代打でレフト前(ちょうど僕が見ていた芝生席の前)にクリーンヒットを打った後、華麗に盗塁を決めた。その裏の守備は僕の目の前のレフトについて、「かと~!」って大声で声援したら手を振ってくれたのが一番の思い出だ。
もともと父が阪神ファンだったこともあって、阪神は好きなチームだったけど、そんな加藤さんの姿に「虎キチ」と言われるほどにまでのファンになったうえに、僕も少しでも速く走れるようになりたいと思ったのだ。
その後、大洋ホエールズ(現、横浜ベイスターズ)に移籍してしまったときは本当に寂しかった。(まぁ、そのとき交換トレードでやってきた長崎啓二外野手は首位打者になって、ダメ虎時代に光を差し込んでくれたのだけど。ちなみに長崎さんは今は民主党で政治家に転身。惜しくも前回の参院選では落選したけれど。)
でも、ホエールズでは「スーパーカートリオ」の一員として走る野球の面白さを教えてくれた。だから横浜スタジアムに行くのは敵地ながら楽しみだった。
引退後、解説者としてのその明るいキャラクターには、疲れて仕事から帰ってきて「プロ野球ニュース」を見るのが僕にとっては本当に楽しみだったのだ。どんなにタイガースが弱くても。

一時はがんを克服してテレビにも復帰していたけど、転移していて勝つことはできなかったのが本当に残念でならない。

今頃天国で島野コーチと野球談義でもされているのではないだろうか。

ちゃーさん(「加藤」姓と明るいキャラクターから、ナインやファンから「加ト茶」にかけてそう呼ばれて親しまれたのだ)、本当に今までありがとうございました。あなたのおかげで野球が心から好きになった少年は、中年の域に差しかかる今でも野球をこよなく愛しています。そして今年もシーズンインが楽しみでなりません。
心からご冥福をお祈りします。
【2008/01/22 01:15】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
なんとまあ、無責任な・・・
そして、なんとまあ、かっこ悪い辞め方なのだろう。
同じ「情けない」男としてある程度は同情せざるを得ない彼の引き際の悪さに、ただただ呆れてしまった昼食後。

安倍首相辞意表明のニュースを耳にし、なぜ今、こんな時期に辞めるのか、本当に不可解でならない。
僕自身は特にある政党を支持しているわけでもなければ、むしろ昨今の数の論理でごり押しを続けてきた自民党の政治手法には批判的な立場なので、たとえトップの顔が変わったからと言って政治が大きく変わるとは思えないし、だからといって今の段階で民主党に政権担当能力が備わっているのかは、この国会を見てから評価したかったので、大きな肩透かしを食らった気分だ。

一国の宰相たる者がこのようなかっこ悪い辞め方をすること。それもそんなに深く惚れてもいなかった女にアタックして砕け散り、命を絶つようなバカな男のようだ。なんでも小沢さんに「テロ特措法」(どうでもいいけど、「テロとクソ法」と変換してしまうIMEって意外と素敵)関連で党首会談を申し込んで断られたことが安倍さんにとっては一番ショックだったようで・・・自慢じゃないけどバツイチ、失恋経験の豊富な僕にはなんだか同情してしまうのだ。
今は国会の会期中なので、党首同士は国会の場で論戦を交わすのが本来の議会政治の姿なのだと僕は思う。国会の内容はすべて国民が知ることができるものなのだから。
そこへ「党首会談」というある意味「密室の逢瀬」のようなことを求めるのは、アンフェアネスを感じずにはいられない。断った小沢さんのほうに分があったのは言うまでもない。

で、結局、後任も自民党の胡散臭そうなおっさんたちの中から選ぶんでしょ? 小泉さんが戻ってくるとでも言い出さない限りは誰がなっても同じようなものではっきり言って関心はないけど、せめて周辺諸国との関係やグローバルな観点で環境に対する配慮のできる人であって欲しいなぁ。(残念ながらその点では僕は小泉さんはまったく評価できない。) そして庶民や地方の痛みのわかる人。さらには戦争を物事の解決手段として使わないと約束できる人・・・ まぁ、そんな政治家、今の自民党には絶滅危惧種なんだろうけど。

いっそのこと、ここでもう一回、選挙やってみたらどう? 僕は必ず投票に行くからさ。

それにしても間の悪い男って、最後まで間が悪いのね。
そう思ったら僕もこのまま風采の上がらない男で終わってしまう気がしてちょっぴり寂しかったけど。変わるきっかけを与えてくれる恋人募集中。
【2007/09/12 14:19】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
マイケル・ジャクソン死す
このタイトルにびっくりした人も多いと思う。でも僕は皆さんを驚かせようと思って書いたわけではない。
もちろんあの「ヒューマン・ネイチャー」マイケル・ジャクソンが亡くなったわけではない。
あのマイケル・ジャクソンについては、僕はそれほど思い入れはないので、彼が死んでも「へぇ」程度にしかきっと思わない。
確かに彼の書いた曲には、ジャジーなアレンジに変えて歌ってみたいものも何曲かあるけれど。

で、誰が亡くなったのかというと・・・・
ビール、ウィスキーの世界では一番の権威であり、僕も尊敬する研究者、マイケル・ジャクソンさんが、昨日英国の自宅で亡くなったそうだ。
第一報は、日本地ビール協会からのメールニュースだった。

彼は、同姓同名の年下のスーパースターに対抗して、よく「オリジナル・マイケル・ジャクソン」と名乗ったりしてきたユーモアの持ち主だったという。
しかしその優れた五感で、ビールやウィスキーに彼が下した評価はスタンダードとなる。
日本の地ビール業界でも、彼に直接指導を受けたブルワーも多く、いわばジャパニーズ・クラフト・ビールの父のひとりと言ってもよいだろう。

僕は直接彼に会ったことはないが、彼の著作などから少なからず影響を受けている。折りしも「ビア・テイスター」資格取得のために、彼の著書「ビア・コンパニオン」をこれから取り寄せて勉強しようと思っていた矢先のことで、本当に残念でならない。

とにかくご冥福をお祈りしたい。今ごろあの世で、竹鶴政孝さん(ニッカウヰスキー創業者)をはじめ、たくさんのウィスキーやビールの大先達たちとグラスを交わしているのだろうか・・・

20070831182739.jpg
マイケル・ジャクソンさんの愛したベルギー・ビール「レフ・ブラウン」の画像をもって哀悼の意を表します。
【2007/08/31 18:29】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
え、また殺人事件!?
僕が安曇野に引っ越しを開始してからまだ2ヶ月経っていないが、その間にこういう殺伐としたニュースが入ってくるのは2件目だ。
名古屋にいた4ヶ月前にも自宅マンションから幹線道路を挟んだ反対側でワイドショーの恰好のネタとなった殺人事件が起きている。あのときは「都会だからこういうこともあるさ」と割り切っていたが、田舎暮らしを始めてからも自分の行動圏内でこういう事件が起きるのは本当に悲しい。

先月起きた1件目は、金目当ての犯行だったという。被害者のおばさんには気の毒だけど、こういう犯罪は今の社会や経済の状況を見ていれば、追い詰められてやさぐれなければならなかった加害者の気持ちもある程度理解できる、仕方のない犯罪なのかも知れない。いずれにしても人の命は何にも代えられないものではあるが。
昨日起きた2件目は、離婚話のもつれからだと報道されたが、当事者を通りすがりに知っていただけに何が彼をそこまで追い詰めたのかと思わずにはいられない。たぶん大糸線を通り抜けて旅をしたことのある人なら、乗り換えの待ち時間に駅から近いこのお店で食事をした経験のある人もいるに違いない。だってその駅の近くにはそのお店ぐらいしか飲食店がないのだから。

僕自身も離婚でボロボロになったことを思い出すと、こういうとき男は本当に弱いものだと思ってしまう。僕自身それが痛手となって「もう名古屋にしがみついている必要はない」と決心できたのだけど。
だからといって人を殺してはいけない。それは5歳児でもちゃんと理解していることなのだ。

だから僕は自然の中に自分を逃がしてやることで追い詰められた自分を救おうとしたから、安曇野にやってきた。

13年前、父がこの家を建てたとき、雨戸をつけて笑われたことを思い出す。
台風銀座の南の町で育ち、進学で東京に来て以来ずっと東京暮らしだった父にとっては、家には雨戸があるのが当たり前だった。
でも信州には雨戸のある家はほとんどない。最近でこそ大手メーカーの家で標準で雨戸がついていることもあるが、基本的には雨戸はついていないのだ。習慣もなければ必要もない、そんなものなのだ。
それどころか松本サリン事件が起こる頃までは、ちょっと近所に行くぐらいなら玄関に鍵をかけずに出かけてしまう人も多かったのも事実だ。今でこそ空き巣狙いや温泉施設の脱衣所泥棒など増えてきて、僕も自衛のためについ鍵をかけてしまうし、暑い夜でも通常誰もいない1階は必ず締め切ってから寝る。数日間家を空けるときは雨戸も閉めてしまう。
これは都会育ちの悲しい習性かもしれないな。

この2件の事件で亡くなったおふたりのご冥福を祈るとともに、これからこういう悲しい事件が起こらないように、地域のつながりを大事にしていきたい。
加害者はふたりともきっと孤立してしまったんだと思う。誰か相談できる人が近くにいれば、こんなことにはならなかったのだろう。

まずは挨拶からしっかりとしよう。そこから僕のつながりが始まるのだから。
【2007/08/14 17:59】 | ニュースから | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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