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今日は奄美の「方言の日」。
毎日が誰かの誕生日であり、何かの記念日である366日。
今日は「冥王星の日」だと今朝聞いた。1905年に米国の天文学者クライド・トンボーが太陽系第9惑星として発見したのがこの日。なんでも1月23日と1月29日に撮った2枚の写真を比較して、冥王星を発見したのだという。
その冥王星も惑星ではなく「準惑星」に格下げされたのはまだ記憶に新しいけれど、やはり太陽を中心に回っているものなのは今も変わりはない。

今日の記念日は、ほかにも「嫌煙運動の日」とか「エアメールの日」とかあったけれども、僕が一番目を引かれたのは奄美の「方言の日」。
奄美大島では「シマユムタの日」、喜界島では「シマユミタの日」、徳之島では「シマグチの日」など、島・地域ごとにそれぞれのネイティブな呼び方になっている。

東京郊外に育ち、成人してからは各地を転々としてきた僕だけど、残念ながら母語となる方言を持っていない。
厳密に言えば、伊那谷出身の祖母、転勤族の娘の母、鹿児島出身の父の言葉に囲まれて育ったので、必然的に標準語を話して育ったわけで。もともと武蔵野にあった方言(よく「志村けんのじいさんばあさんコントの言葉」と形容される)は既に絶滅寸前だった時代だった。

岐阜・名古屋時代に言葉の洗礼を受け、気がつけば関西っぽいイントネーションの標準語を話すようになっていた僕。
京都や大阪にも多感な少年時代からよく行っていたので、関西に行けば「京都の大学に4年間通った地方出身者」のようなフェイク京都弁だって話す。
安曇野に暮らすようになってからは、松本平の言葉を少しずつ吸収して語尾につけたりもしてきたダ。さすがに食後の挨拶を「いただきました」と言うのはまだ気恥ずかしいし、普通に話しても岐阜県西濃地方や京都のアクセントが自然に出てくるので、なんだか不思議な言葉を僕は話している気がする。

さて、奄美大島の「方言の日」。
奄美は僕にとって未踏の地なので、奄美の言葉がどんな言葉なのかよくわからない。
黒糖焼酎や鶏飯が大好きでも、言葉というスピリットがわからない以上本当の旨さを知らないのかもしれない。
そろそろ奄美に行ってみたいなぁ。

でも、なぜ方言の日に目を引かれたのかというと、実はごく単純なこと。

昨夜から左目のまぶたが腫れて痛い。カルテに書かれる正式名称「麦粒腫」。僕の育った関東では通常「ものもらい」と呼ばれ、名古屋文化圏では「めんぼ」、関西では「めばちこ」。京都では「めいぼ」が正しいそうだけど、少なくとも僕の周囲にいた京都人はみんな「めばちこ」と言ってた気がする。
ひどい痛みや膿みがなければ、たいてい放っておいても治るものだけど、その分いつでもどこでも誰でもかかるポピュラーな感染症。
だから日本中でいろんな呼び方がされているのはごく自然なことなのだ。

目薬の大手、ロート製薬のホームページには、ものもらいMAP などというコンテンツまであるほど、日本の地方の多様性を示す好例。

果たして長野県では何がポピュラーなのかなと開いてみたら、「ものもらい」が主流。
でもかつては「めこじき」が主流だったらしい。
そういえば祖母は「めこじき」って言ってたっけ??? ああ、思い出せないや。
今、眼科に行ったとしても、他県出身の若い看護婦さんでは「めこじきができた」と言ってもきっと通じないのでは?

ということで、明日の朝までガマンできたらガマンしてみるだけ。左目に負担をかけないように気をつけなきゃ。
劇的に腫れたりしたら、観念して眼科に行くか。

考えてみたらもう1年近く病院にも歯医者にも行ってないなぁ。
健康なのか、調子が少々悪くてもガマンしてしまうだけなのか。まぁ、変に元気すぎるより、これくらいがいいのかも、ということにしておこう。

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笑っているような三日月を見ながら。
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【2010/02/18 14:44】 | log | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
ここ数日の出来事、新blogオープン、そしてiPad
なんだかんだで自分の時間が持てなかったこの1週間ほど。
blogをゆっくり書く余裕がまったくなかった。

つまり、日々を振り返ることができなかったわけで。

そのうえ、昨日からずっと頭痛が続いていて、仕事もまともにできず。
昨日の美しい青空から、今朝の冷たい雨。
気圧と湿度のあまりに激しい変化に体がついていけていないのだろうな。


友、遠方より来るあり。
最近あまり飲まなかった日本酒を、久しぶりに毎晩飲んだ。
お互い抱えているものはいろいろあるけれど、本音で語れる旨い酒。

写真を撮る友人を案内して、久々に僕も本気で写真を撮った。
奇蹟のワンショットもいくつか撮れた。
たとえばこんな写真たち。スナップショット。
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1月26日、LotusCafe最終日。感謝の時間。
チャーリーさん(perc)、負けズ犬・シンちゃん(g,perc,vo)、新婚のますみさん(歌、三線、三板、vn)と芸達者が揃い踏み。
安曇野ジャグバンドの元メンバーも何人か集まり、延々2時間以上のジャムセッション。
ああ、楽しいなぁ~ 幸せだなぁ~
それ以上の言葉は出そうにない、素晴らしい時間だった。
僕も久しぶりにベースを弾いた。今年もベースを弾く機会はいろいろありそうだから、しっかり練習しよう。
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タカハシさんの旅荷物がインド・チェンナイからひつじ屋に届いた。
無事に29日からひつじ屋としての営業再開できるといいね。

荷物といえば、この日はかなちゃんの引越し。
望さんに軽トラ持ってきてもらって、一気に新居に運び込む。
すぐご近所になったので、これからちょくちょく酒持って訪ねることになるんだろうな。
これからもよろしくね。
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WeatherNewsサポーターとしての空リポート、去年の年末から本格的に毎日やってきたけれども、空の写真は天気予報の精度向上に一役買っているだけでなく、それだけ見てもなかなかキレイだ。
それを残しておく場所として、新しいblogをひとつオープンしたので、お知らせします。

ソラヨミ日和 from 安曇野」 http://www.matsuaz.com/TerraSunWeather/
メインblogは引き続きこのblogを使いますが、ソラヨミ日和もぜひご覧くださいませ。

余裕がありそうなら、Twitterかスナップ写真つぶやきサイトのflickerにも手をつけたいのだけど、果たしてどうなることか。まずはソラヨミ日和の継続が先だな。


DSCN6676_200.jpgこれは僕のiPhoneだけど・・・
そして、今朝、ついにiPad発表! 日本での展開がどうなるかまだ読めないのだけど、iPhoneアプリ開発者としてはターゲットが増える分楽しみも大きい。何より画面サイズで今までiPhone/iPodTouchではできなかったアプローチが可能になるのは面白い。
その分開発の手間が増えるのが大変だということもわかってはいるけどね。

たぶん、WiFi専用で僕も買ってしまうんだろうな。わくわく。


停滞しているんだか進んでいるんだかわからない僕のここ数日だけど、明らかに気持ちはさらに前を向いている。
あとはこの頭痛さえおさまれば・・・ううう
【2010/01/28 07:33】 | log | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
小正月、御礼参り、月食、そして、また雪。
1月15日。
昭和の時代に子どもの頃を過ごした僕らにとっては、この日は正月明け間もなくに迎える祝日としてしっかり体に染み付いていた日。この祝日があるおかげで、ただでさえ短い3学期がますます短く感じるものだった。
そう、つい11年前まではこの日は「成人の日」だった。

20歳の僕の1月15日を思い出してみる。
東京郊外の僕の育った町では、成人式は中学校単位に席が決められ、「恩師からの祝いの言葉」などがあり、それはそれで盛り上がるという。
でも、僕は中学から地元を離れてちょっと遠くの学校へ電車通学していたため、僕の座るべき席はそこにはなかった。
だから成人式というものはどこか遠い世界のものに過ぎず、その当時から成人式で暴れる連中がいたということはフィクションを読んでいるような、まったく実感のないものだった。

そんなこともあって、この日は僕にとってはあくまでも「小正月」。
国家制度がどんなに変わったとしても、この日はやっぱり小正月なのだ。

小正月といえば、小豆粥を食べる日。
僕も去年大量に取れた小豆を持て余していたので、今年はちゃんと小豆粥を炊いてみた。
もちろん米は自分たちで育てたコシヒカリの玄米。
玄米を乾煎りして香ばしい匂いを出して土鍋に入れ、水と昆布、そして一晩ひやかしておいた小豆を混ぜて炊く。ほんの少し、ヒマラヤの岩塩を振りかけて。
やや小豆が硬くなっていたけど、それでもおいしく炊けて大満足。
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地域によっては小豆粥の中に焼いた餅を入れたりするという。4日前の鏡開きで割った餅がかびないうちに使うということでまったく理にかなっている。
そういえば、Mさんにいただいた餅があったっけ。でも、別のことでコンロの口が埋まっていて平行して餅を焼けなかったので、今年は餅なしのオーソドックスな小豆粥で済ませてしまった。
安曇野はそもそも小豆粥を食べる習慣があったかどうかも怪しいし、あったとしても餅を入れるかどうかもよくわからないけど、日本の各地の伝統的な食文化はどんなカタチであれ受け継いで次の世代へつなぐのが、僕らの役割なのも間違いない。

食文化の話をし始めると、とてもタイムリーな話題につながっていく。
シー・シェパードによる調査捕鯨への妨害活動。
どちらが攻撃を仕掛けてきているのかは正直なところよくわからないし、わざわざ南氷洋まで出かけて鯨を獲るということは決して正しいことではないという思いがある一方で、鯨を食べるというのは日本古来の食文化であるのも間違いないわけで、とてもアンビバレンツな思いを抱いている。
そもそも僕の世代は給食の人気メニューに「鯨の竜田揚げ」があった世代なのだから、鯨を食べられないのは食文化の断絶だというのも正直な思いだ。
でも、いまさら南極まで獲りに行った鯨を食べるということには大きな抵抗もある。まずフードマイレージ的にまったく不合理だ。そして、そもそも南極まで鯨を追い回さなければ獲れないという環境を作ってしまったのも我々日本人なのだ。
鯨のもつ知性だなんだということを言い出したら、それは感情論というか、古いカトリック的な倫理観の産物であって、八百万の神のいる日本では受け入れられないものだと思うけど、そういった感情をまったく抜きにしても南氷洋への捕鯨船団の不合理さばかりが目につくわけで。
そもそも、鯨って近海で獲れるものだけをその港に近い村の人々だけが海の恵みに感謝していただくというようなものだったはずだ。それが、なぜ学校給食に上がり、日本人の体位向上に一役買うことになったのかから考えてみなければいけないと改めて思う。

西欧文明の倫理観と日本人のノスタルジアというふたつの感情がぶつかり合うだけでは何も生まれてこない。ただそこには争いが起こるだけ。
だから、僕は南紀のような鯨食が一般的だった地域に行ったときぐらいしか、今は鯨を食べようなどとは思わない。


閑話休題。
小正月のことを話すのが本題だった。

この日が成人の日という祝日であったことは、この日に「初観音」の縁日を催すお寺が多かった。
本来の初観音は1月18日。それに一番近い休日を選んで厄除けなどの行事が行われてきたようだ。
最近では成人の日が年ごとに違うこともあって、中信平の厄除け観音のお寺ではそれぞれ開催日が違うほどだ。今年の場合は1月11、12日というのが多かったが。

僕も昨年後厄で、この正月で無事に厄が明けた。
もっとも無事に厄年を過ごしきったという気はまったくしないのだけど、それでも厄除けをしっかりしておいたことでなんとか命がつながったのかもしれない。
あまり信心のない僕だけど、とりあえずご祈祷と施しを受けた者として、ここは御礼参りに行っておこう。
今年はちゃんとご祈祷してもらおうとは思わなかったけど。

雪が残る山麓線からサラダ街道を走りぬけ、朝日村の古川寺(こせんじ)へ。
ここは今も1月15日に初観音の縁日を行っているお寺。今年はこの日は金曜日。予想通り駐車場の入り待ちもなく、スムースに御礼参りを果たしてきた。
去年までの3年間、僕自身の中で少し歯止めをかけてきたことも、これで心おきなく解禁できる。
さぁ、これから羽ばたいていくとするか。
もちろん、急がず焦らずゆっくりと着実にいこう。
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そしてこの日は新月。そこに部分日食が絡むという、ものすごく強いパワーの新月なのだ。
願い事はさっき古川寺で少しだけ唱えてきたけど、できることなら日食の夕日に向かってもう一度唱えてみたかった。
とりあえず、信州も日食がわずかながら見えるエリアには入っていたけれど、あいにくの曇り空、それも今にも雪が降り出しそうな雲が夕方からどんどん流れ込んできていた。

でもネット社会のありがたさかな。たびたびここで書いている「SOLIVE24」で鹿児島から中継するとのことで、僕はMacの画面にそれを映して眺める時間を過ごしていた。あまりの神々しさに言葉が出なくなり、願い事を唱えるのを忘れてしまったけれども、それもまたご愛嬌。
とにかくここが今年の僕のスタートライン。無理せずのんびり、でもほんのちょっぴり頑張っていけばいい。

2010年、どんな一年にしていこうか。お楽しみはまだまだ始まったばかり。
でも、2009年をちゃんと振り返ってなかったな。旧正月まで、まだ少し時間がある。

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「夢を語って近づけよう」ドリカム新年会2010 @安曇野地球宿
1月30日(土)開催。 詳しくは地球宿イベントブログをご覧のうえ、安曇野地球宿へお問い合わせください
【2010/01/16 21:50】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
Welcome back, Mac!
僕がパソコンと暮らすようになって早くも20年以上の日々を過ごしてきた。
その間、パソコンというものは僕にとっては知的だったり芸術的だったり、そんなクリエイティブな作業を補助するツールとしての側面と、遠く離れた人たちとのコミュニケーションのツールとしての側面を一貫して持ち続けてきた。
つまり、パソコンという存在はあくまでも「手段」。これが「目的」や「結論」になることはありえない。

今となってはその7割以上の時間は、PC/AT互換機~Windowsマシンとともにある。

でも、僕にとっての原点であり、一番楽しかった時代には、必ずMacintoshがそばにあった。

20年前、大学3年生だった頃、指導教授が研究室に当時100万円ほどしていたMacⅡを導入したところに僕のMacとの付き合いが始まり、社会人2年目に廉価版のMac LCというモデルを買ってからは仕事ではDOS,Windows、プライベートではMacという生活を7,8年は続けていたと思う。
最初は「借金トッシュ」と揶揄されるほど高価なものだった。僕も2ヶ月分の給料を叩いてMac LCを買ったので、生活費はまさに親から借金して暮らしていたわけで。
ああ、哀しきかな、借金トッシュ。

その後、Macのために借金をするようなことはなかったけれど、気がつけば、ブラウン管一体型Power Mac、初代iBook(貝殻型)と買い換えて7,8年は暮らしていたのだ。

でも、仕事を家に持ち帰るような忙しい立場になってしまってからは、なかなかMacをいじっている時間もなくなり、家で使うパソコンもIBM ThinkPadにいつの間にか移行してしまい、半農半自由業となった今もごく最近まではIBMブランドを離れたThinkPadを使うようになっていた。いつしか家での使用年数もWindowsマシンの方が長くなってしまった。

ところが、昨年、ひょんなことからiPhoneを手にしたあたりから、また手元にMacが欲しくなった。
もっともsoftbankの電波が微弱な有明山麓ではiPhoneはあくまでも2台目の携帯端末でしかないのだけれども、iPhoneに大いなる可能性を見出した僕は、その母艦として、さらには可能性を広げるツールとして何が何でもMacが必要になってしまったのだ。

そして、昨年11月、ヤフオクで「液晶画面不良」のIntel iMac(Late 2006)を2万5千円で落札。(ちなみに当初の定価は15万ほど?)
最初は外部ディスプレイに接続して使うつもりだったのだけど、このロットのモデルには液晶画面不良の個体があることを知り、ダメモトでcall appleしてみたら見事にビンゴ!
年末も押し迫った頃に修理に出し、出費ゼロでちゃんとすべてを美しく映す液晶画面に生まれ変わって戻ってきた。

おかえりなさい、僕の愛しきMacintosh。

ソラマドサンシャイン with iMac

ハードディスクが貧弱なので、これから外付けの大容量ハードディスクを用意できるまではThinkPadと共存共栄していくしかないのだけど、やっぱり直感的にオペレーションできるMacが僕は大好きなのだと改めて思う。

ちなみに、写真に映っているのは、以前にも書いたウェザーニュース「SOLIVE24」のキャスターの女性ふたりと天気解説の気象予報士さん。
この女性キャスターはふたりともモデル出身の長身美女、左から田中みのりさん(26、佐賀県出身)、堀田奈津水さん(25、広島県出身)。まったくもってタイプの違う喋り方のふたりだけど、テレビやパソコンの前にいる視聴者と同じ目線で、FMラジオのDJのようなスタイルで、天気をわかりやすく伝える姿には本当に親しみがもてるふたり。
そして、男性の気象予報士さんは、名古屋人には懐かしい顔、昨春までNHK名古屋の気象キャスターを務めていた寺尾直樹さん。歯切れのいい天気予報でファンクラブまでできるほどに東海三県では大人気だった彼は、SOLIVE24の開始とともに東京(正確には千葉幕張)に戻ってきてウェザーニューズ社の看板を背負う気象予報士となった。番組にチャットやメール、携帯からのウェザーリポートで参加するユーザーたちからはいまや「アニキ」と呼ばれるほどの信頼厚き存在だ。

彼ら彼女ら、天気予報業界の革命児たちの活動に僕もいつも大いに刺激されている。
今まではただ上から伝達されるだけの天気予報が当然だと僕らは思っていたけれど、見たままを情報としてウェザーニュースに伝えることで天気予報の精度が上がるという事実に、僕らはもっと天気を身近なものとしてとらえ、考えていくことができるわけだ。
気象予報士を目指してきた僕ですらその「お天気革命」には目から鱗の思いでいっぱいなのだけど、以前話題にした昨秋の台風18号の上陸地点をめぐっての騒動も、最終的には気象庁が訂正をしたという結論に至ったのだ。つまり、現場にいて実体験している人たちの体感的な情報と携帯型観測機の数値の報告が、気象学的には有意義な価値あるものであると「お上」に認めさせたわけだ。
政権交代から4ヶ月、こんな小さなところにやっとひとつの「官僚支配、権威主義からの脱却」という「現象」を見て取ることができたわけで、もっと大きく日本という国が変わることをほんの少しは期待してもいいかなと思ったりもする。まだまだ時間はかかるのは間違いないけどね。せっかちになってしまった僕らはわが身を少しは反省した方がいいのかもしれないね。

そういう意味では20年以上の長きにわたって、常に新しい価値を作り出していくアップルという組織体の持つエネルギーは、僕らにとってもずっとずっとリスペクトしていきたいものなのだ。
そう、マイクロソフトもグーグルも、アップルが先行して切り拓いてきた道の中で得たアイディアで革命を起こしてきたのだと僕は評価している。

Welcome back to me, Macintosh!
きみと新しい価値を作っていけることに僕は本当にわくわくするよ。

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SOLIVE24朝の番組「ソラマドサンシャイン」のコーナー「日の出写真館」に採用された、
僕の有明山麓からのウェザーリポート写真(2009年12月25日朝撮影&放送)
ちなみに当日のキャスターは上述の堀田奈津水さんでした。感謝!
【2010/01/13 23:20】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
2010年、始動
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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

ちょっとネット環境の悪い状況のため、写真は撮ったもののアップできず、ここまで引っ張ってしまった。
アクセスしてくださったみなさん、新年早々期待を裏切ってごめんなさい。

さて、2010年。いまだに何と呼ぶか一致してない「00s」が終了して「10s」の新しいDecadeに突入したわけだけど、何かが劇的に変わる気配も今のところあまりない。

でも、ゆっくりでも着実に進んでいこう。
そしてしっかりこの新しいDecadeを生きていく基盤を固めていこう。

リアルに年賀状を送った方には既に届いているかと思うけど、またひとつ新しいことを始めようとしている。
夏場の生活基盤はそれなりにできてきたけど、問題は長く寒い、厳しい冬をどう暮らしていくかということにある。

だから僕の得意技を生かした仕事を新しく創っていこうと思う。
それがうまく回ってひとりじゃできなくなるぐらいに育てたい。
そうすれば、冬眠状態にならなきゃいけなかった安曇野の仲間たちとシェアしながら、みんなで冬も活力ある場所にしていくこともできる。

正直言って、この凍える寒さに僕の体調は全然戻ってこない。
このまま本当に冬眠してしまったほうがよいのかもしれないと思ってみたりもする。

でも、この冬、まずはひと冬頑張ってみよう。
もちろん肩の力は抜いていこう。変に力が入っているから凍結した路面にコケたときに痛いのだから。

年越し寒波に大荒れの空模様となった2010年の始まり。
誘われていた友人たちの恒例行事もことごとく中止になってしまったとの連絡が入りあまり期待はしていなかったけれども、朝7時前に自宅の窓から南東方向が明るいのを見ていつもの定点観測地点へ車を走らせる。
去年の初日の出は30人ほどの人が集まっていたこの安曇野を一望する場所には、今年はすっかり足跡ひとつないヴァージン・スノーに覆われていた。

美ヶ原の稜線から太陽が昇るところは見えなかったが、そのすぐ上の雲の切れ間から今年最初の太陽の光が眩しく届いたとき、極寒の中に強張っていた体からすっと何かが抜けていくのを僕は感じていた。

ここからきっと何かが始まっていくはずだ。

このblogを読んでくださっている皆さん、そしてリアルに仲良くさせていただいている皆さん、
有形無形に今年もかかわってくださることを期待しています。
いつもありがとう! これからもよろしく♪

DSCN6209_400.jpg
有明山神社参道の双体道祖神も雪の中。
こんな風に仲間同士、手を取り合って生きていく一年にきっとなっていくことだろう。


(基本的に元旦に書いた内容なので、1月1日付でアップしました。 一部加筆訂正して1月4日に公開)
【2010/01/01 12:00】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
2009年、ありがとう!
大雪の大晦日。
僕が安曇野で暮らすようになって3度目の年末。
寒かった一昨年も、超暖冬だった昨年も、大晦日には年末寒波が挨拶のようにやってきた。

そして今年も。

いつもは夜の早いこの地だけど、今日ばかりはみんな夜更かし。
家々の明かりが雪面に反射していて、懐中電灯なしでも外を歩ける、そんな夜。

今年を振り返るにはどうやらちょっと時間が足りなかったようだ。
でも、旧暦で暮らすほうが僕のライフスタイルにはぴったりなので、旧正月までに振り返ればいいや。

この白い雪でキレイに洗われた安曇野。
今年出会った人たち、景色たち、映画たち、食べ物たち、音楽たち。 みんなありがとう。
時には嫌なことや辛い思いをしたこともあるけれど、そんな事物も含めてありがとう。

そんな風に僕の心も洗われ、2009年最後の夜。
この雪では二年参りに行くのはやめておいたほうがよいだろうな。
だから、今年最後のビールをこれからゆっくり楽しもう。

みなさん、良いお年をお迎えください。
そして2010年もよろしくお願いいたします。

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今年最後の月(十五夜)、明日は元旦で満月でそのうえ部分月食。
【2009/12/31 23:39】 | log | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
おでんな日々(1) Ver.Dec/18/2009
おでん、僕の大好物のひとつ。
基本的に日本中同じようなものだけど、地方ごとに本当にバラエティ豊かな食べ物として、僕は旅先で縄のれんをくぐる際にはよく注文するものだ。

で、自宅でおでんを炊くのも好きな僕。昨夜などは、練り物、豆腐系などだけでなく、自家製の野菜たちをどんどん放り込んで行ったら、気がついたら7リッターの寸胴鍋いっぱいにおでんを炊いていたほどだった。

そんなわけで、今年もおでんな日々に本格突入。

試行錯誤でわかったことのひとつ。
こんにゃくを薄切りして一晩フリーザーに。翌日溶けきらないうちに鍋に入れて茹でる。
その結果できたものの食感がまったくもって「牛すじ」。
おでんに関しては関東文化圏の中信平。関東のおでんで「すじ」と言うとぜんぜん違う魚介の軟骨やらなんやら入った練り物なので、当地では牛すじは手に入りづらい食材なのだ。
だから代用品にはもってこい。牛肉を食べると体調に大きなダメージを受ける体質の僕には一石二鳥なのだ。

ということで、おでん日記を少しずつ書いて行こうかな。

写真は生姜醤油でいただく「姫路おでん」。
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【2009/12/18 22:51】 | log | トラックバック(1) | コメント(1) | page top↑
がんばれウェザーニュース
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ちょっと前のニュースより。

民間気象情報サービス会社のウェザーニューズ社が台風18号の上陸場所を独自に「三重県志摩半島」と発表したことに対し、気象庁が「業務範囲の逸脱」として行政指導を行ったとのこと。
要は、日本の気象に関しては気象庁がすべてであって、それ以外の個人、団体が余計なことをするなということらしい。
このあたりの詳細は、10月18日の読売新聞の記事に詳しい。(ウェザーニューズと気象庁、バトルの構図)

せっかく政権交代して、「官から民へ」の流れがメインストリームになろうとしている中に、なんともタイムリーなまでに逆行するニュースかと思った人も多かろう。

僕は小学校のみ公立校に通い、あとの約10年ほどの学校生活はすべて私学で学んだ人間なので、そういう変な権威主義には中学生の頃から大いに違和感を感じて育ってきた。
もっとも高校時代の友人にもどうしようもなく権威主義に走り、キャリア官僚になった奴もいたけれど。彼は今頃どんな気持ちで霞ヶ関にいるのだろうとふと思ったり。
そもそもお上の言うことに正しいことなんてどれくらいあるのかい? 僕は無政府主義者ではないけど、ちょっとそういう立場になったからと言って常に上から目線で威張り散らす奴らが大嫌いなのだ。そしてそれに金魚の糞のように媚び諂う連中がいかに多いことか。

このニュースに関して論評していたあるblogに、「こういう権威主義が日本をダメにしてきた」とあって、僕は思わず拍手喝采してしまったほどなのだ。

本題に戻ろう。
そもそも何のために「気象予報士」という国家資格ができたのだろうか? 今まで国が独占してきたことに「民間活力の導入」とやらの掛け声のもとに門戸を開いたのである。
それまではテレビの天気予報は「日本気象協会」という気象庁のお抱え団体のスタッフの解説で独占していたところに、民間の気象予報士が参入し、女子アナからベテラン予報士まで今や天気予報は百花繚乱の世界だ。
その中にはCS放送、ケーブルテレビでの独自の天気予報番組を手始めに大きく業務を広げてきたウェザーニューズ社のような組織もあり、NHK、民放各局の天気予報を担当している同社所属の気象予報士も数多くいるわけで、いわば、民間気象情報会社の最大手がウェザーニューズ社ということになる。

実際にウェザーニューズのサイトでは、気象庁の予報よりもきめ細かくフォローされているところに大きな信頼感があり、僕も穂高のピンポイント天気を常に参考にして生きているほどなのだ。(ただし、有明山麓の冬場は、松川村のピンポイント予報の方が当たるというのも事実なのだけど。)
そこには幕張の予報センターからのコンピューターで各種データを解析して行っている予報だけではなく、全国に160万人いるウェザーニュース会員との信頼関係をベースに予報の精度を一層上げていこうというたゆまぬ努力があり、それゆえ僕も気象庁の天気予報よりも信頼を置いている。
もちろん西に大きな北アルプスを抱えて、太平洋側と日本海側の両方の気候が入り乱れるこの安曇野の地での予報が難しいこともあって、「都会もんが何を言う」などと思ってしまうこともあるけれど。
その努力の過程として、レーダー観測による雨雲の流れと各地の会員からの現在の天気の報告とを組み合わせた「10分天気予報」や「ゲリラ雷雨予報」といった携帯サイトのコンテンツは素晴らしいアイディアだと賞賛に値するわけで、各テレビ局がこぞってウェザーニューズ社の取り組みを夕方のニュース番組などで特集を組んだりしてある意味とても「目立っていた」。
それがどうも気象庁のお役人サンたちには気に食わなかったようで・・・

レーダーやアメダスの観測では拾いきれないものを、各地のユーザーからの生の情報を吸い上げて活用していく、これは絶対にお役所仕事では出てこない発想だ。マーケティングの基礎を勉強した人にとってはこの程度はごくごく当たり前のことなのだけどね。それが気象の世界では今まで存在しなかった。
今回問題となっている事案も、台風の進路に当たる地域の会員から気圧の変化や風向きと風速の変化などをサイトに投稿してもらい、そこから実際の台風の位置を推測するというやり方で、ウェザーニューズ社は「志摩半島に上陸した」と判断してサイトやBSのデータ情報番組「ウェザーニュース」で発表した。
一方気象庁はその1時間後に「知多半島に上陸した」と発表しているが、それに当たって現地のきめ細かいデータを取得して解析したのだろうか? 推測で申し訳ないけれど、あくまでも気象庁に集まってきた観測点の数値データだけでコンピューターがはじき出した推定位置を発表しているだけに過ぎないのだろう。少なくともお役所仕事の範疇では現地の民間人から体感などを聞いたとしても「それは主観的なもの」として排除してしまうはずだ。だからもとよりプログラムには入ってこない。

高いところからものを見ることも確かに大事ではあるけれど、それで大局をつかんだだけでは実際のところ何も答えは出てこないものだと、僕は経験上知っている。
むしろ大切なのは、現場の小さな事実たちなのだ。

それをわかっているウェザーニューズの方が、どんなに叩かれようと僕にとっては信頼できるのだ。


さて、もうひとつ、僕がウェザーニューズを応援してしまうのは、「もっと気象を身近なものに」という発想からかオーディションで若い女性のお天気キャスターを募集して選び、携帯サイトの動画の天気予報番組やBSデータ放送チャンネルのウェザーニュースで実際にキャスターとして活躍してもらおうという発想にもある。

すなわち、「お天気お姉さん」の復活。

僕らの世代の男子にとっては、子ども時代にテレビのお天気お姉さんに恋をした人も多かろう。
中にはお天気お姉さんからアイドルのような活動へと転進していった人もいるわけで、なんだかんだ堅いことを言ったところでそういうところで「天気予報は身近なもの」と感じるようになってきたのだ。

今のテレビの天気予報キャスターはプロの気象予報士がほとんどなわけで、確かにNHKの7時のニュースの半井小絵さんや「報道ステーション」の元お天気キャスター(現メインキャスター)の市川寛子さんはすごく素敵だと思うけど、あの頃のお天気お姉さんとはまったく別世界の人たちにしか見えない。

それよりは、「情報番組キャスター」としての技術も低く素人っぽさの残るウェザーニュースのキャスターたちの方がもっと身近な存在と思えてしまう。そう、隣のお姉さん的な。

ちなみにウェザーニュースのキャスターで僕の一押しは、西川里美さん。もともとモデルやタレントとして活動してきたそうだけど、20代前半の女の子にしては変にきゃぴきゃぴしていなくて落ち着いた語り口がおじさんウケしそうなキャラクター。(あ、僕はまだ「おじさん」化してないとは思ってるけど。)
正直、地上波のテレビが全然面白くないし、BSも民放は時間帯によっては「テレビショッピング」しかやってなくて、これじゃあテレビ離れが起こっても仕方ないと、テレビをほとんど見ない僕ですら思うのだけど、最近は雨の日など、よくBSのウェザーニュースを垂れ流しながら家の中で仕事してたりする僕なのであった。

そういう使い方で僕にとってまったく違和感がないのは、なんとなくJ-Wave系の各FM局の午後のワイドプログラム(女性DJがひとりで担当)と似た構成なのだからかな。
音楽が天気予報に代わっているのは当然のことだけど。

実は僕も気象予報士目指してます。安曇野と北アルプスに特化した予報をして、農業、林業、観光業、山岳関係などなどに役立ててもらえたらと思っているわけで。サラリーマン時代以上になかなか自分の時間が取れなくなっている今、勉強している暇がないのが本当に困ってしまいますわ~
まぁ、ぼちぼち頑張っていこう。

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【2009/10/27 23:43】 | log | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
mixiアプリ
細々だけど僕もmixiをやっている。かつてはどっぷり浸かっていたのだけど、ちょっとした事件をきっかけに距離を置くようになって早や3年ほどになる。年数を数えて改めてびっくり。
日記はこのblogをリンクしているだけだし、積極的にマイミクを増やそうなんて思ってもいないし、いるのかいないのかわからないような関わり方でしかない。

そんな僕だけど、mixiアプリというこの秋から始まった新しいサービスにはちょっとした興味を持っている。ケータイのアプリなどとは違って基盤の仕様とインターフェースが一般公開されていて、ちょっと興味と技術のある人なら簡単にアプリを開発して公開できるというもの。
iPhoneアプリの開発を手がけ始めた僕にとっては、mixiのユーザー数の多さにはiPhoneやGoogle Andoroidと同じぐらいに開発する魅力を感じるのだ。
だからといって今すぐには時間がなくて関わっていくことはできないけど、近い将来、僕が開発しているiPhoneアプリを移植することを手始めに、何かしら作ってみたいと思わせてくれる。

このわくわく感こそ、Web2.0の世界に馴れてしまった僕らにはとても気持ちがいいものなのだろうな。
amazonで本を探していると、親切に関連するほかの本も自動的に紹介されるアレだって時にはとてもわくわくするものだ。

でも、ちょっと困っていることが。
今のところmixiアプリはゲームがほとんどで、とてもとてもゲームに手を出している余裕のない僕にとっては親しくしているマイミクさんからの「招待」にはお答えできないのが現実なのだ。
特に興味の向く先が似ている人が多いせいか、バーチャルに農業体験するゲームアプリへの招待ばかりなのは、リアルに農業に関わっている者にとっては「うーむ、どうしたものか」と思ってしまうのだ。

そして困ったことに招待されたことに関しての返答を気軽にするシステムがないことで、メッセージを書いて返答するほどのことでもないからとほったらかしにしてしまっている僕なのだった。

誘ってくださったマイミクのみなさんへ、どうかこの不義理をお許しください。
この場を借りてお詫びします。
【2009/10/17 07:47】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
今だから、そろそろ政治のことを話そうか。
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後立山連峰初冠雪(10月10日)

いろいろ思うところがあって、あえてまた更新しなかったことをお詫びします。
忙しくてなかなかblogまで手が回らなかったと言うのもあるけれど、選挙続きのこの2ヶ月ほどは下手なことを言うとすぐに炎上させることになりかねなかったので、あえて沈黙を保ってみたのだ。

政権交代。
小異こそたくさんあるけれど、大同を取ろう、僕はそう思って今回の衆院選は民主党に投票した。

今までこのblogを読んできてくださった方なら感じておられるかもしれないが、僕の政治的な立ち位置は一貫してリベラル。それも「小泉改革」の時期からの社会全体の右傾化、強いものが正しいという風潮の中に、僕自身は一歩も動いていないにも関わらずかなり左寄りに立っていたわけだ。

いわば、正統的な「リベラル・レフト」。僕自身はまったく意識していないにも関わらず、いつの間にか僕はそう目されるようになっていたのだ。

でも、もともとは僕はノンポリ。学生時代などはむしろ政治的な活動を毛嫌いしていたほどなのだ。
そんな僕に訪れた転機は、長良川河口堰反対運動に関わったことからだった。

あの運動の原点は政治的なものというよりも「遊ぶ場を取り上げられることへの反抗」だったと、開高健さんをはじめとする運動のリーダーたちも言っていた。当時岐阜に住んでいた僕もそれに共感していたからこそ、素直に仲間に入っていった。それは長良川の清流のように、ごく自然な流れだった。

長良川河口堰は結局のところ押し切られて建設され、運用が開始されて早や14年になろうとしている。その後の長良川の水質の悪化、生態系の大きな変化は推進側が想定していたもの以上のものがあり、あまりに大きな負の遺産を作ってしまったことが悔やまれる。
でも、あの反対運動の一番大きな意義は、公共事業・土建行政に絡みつくさまざまな利権を白日の下にさらけ出したことにあると思う。

今回の政権交代の一番大きな変化は、カネの流れが「コンクリートから人間へ」とシフトされていくことだ。同じバラマキ政策でも自民党政権の間接的なバラマキから直接当事者にばら撒かれるということが大きな変化であり、中間にいて利権を貪ってきた連中には本当に痛いことになっていくのだろう。

その「コンクリートから人間へ」という発想は、15年ほど前に僕らが長良川河口堰反対運動に関わっていた時期には既に僕らの中に当然のようにある発想だったことを思うと、ようやく機が熟してきたということかと、あまりのスピードの遅さに改めて苦笑してしまう。

自民党が壊滅的状況に追い込まれてしまった今、最低4年は民主党政権が続くことは間違いないと思う。僕に考え方の近い菅直人さんや仙石由人さんが政策決定の中枢にいるから、当面は安心してやさしい政治への変化を僕も傍観していられるだろうが、果たしてどうなることやら。
とにかく、弱い立場の人たちが安心して暮らしていける世の中がやってくるよう、僕らは見守っていく必要があるだろう。彼らが間違った方向に向かいそうならば、僕らはしっかり声を上げていこう。


翻って、安曇野にて。
先週、安曇野市長選挙と市議会議員選挙が行われた。合併から4年が経ち、安曇野市としての一体感が出てきたかどうかというところで、今後の方向性を占っていく選挙だ。

ここにも「コンクリートから人間へ」の発想が生きていて、当初はあまり話題にもならなかった新市庁舎建設問題が選挙戦中盤になって大きくクローズアップされるようになってきた。
結局、新市長に当選したのは、民主党系の前県議の宮沢宗弘さん。市庁舎に関しては「建設するも現計画からの大きな見直しが必要」というちょっと曖昧な表現をしていた分、無難な選択を市民はしたのかもしれない。
僕が個人的に応援していた古幡開太郎さん(市庁舎建設中止派)が、組織がないにもかかわらず大善戦し、平林伊三郎市長が事実上後継指名した藤森康友さん(市庁舎建設推進派)よりも多い得票を得たということは、安曇野でも「チェンジ」を市民が求めているのだという何よりの証拠だ。

宮沢新市長には、そんな民意をしっかり汲み取って欲しいと心から思う。
そう、人間がとにかく大切。その人間を生かす環境をいかに守り育てていくか、僕らも市民のひとりとしてしっかり声を上げていこう。

しかし、市議会議員候補者の選挙カーは相も変わらずなんたることか。幹線道路に面した畑で働いていると、嫌でも各候補者の選挙カーの声が聞こえてくるのだけど、いまだに名前の連呼と「地元の皆さんのお役に立ちます」という、何がしたいのかわからないような声ばかりが聞こえてくる。
農村だからとなめられてるのかと、ちょっと悲しくなってしまう僕。そう、僕も安曇野に暮らして2年とちょっと、議論好きな信州人としてすっかり自己認識してしまっているのかも。
それでもちゃんと政策を選挙カーから伝えてきた候補者もいた。スピーカーのボリュームを絞り名前の連呼をしない選挙カーもあった。静かに通り過ぎた候補者は、駅前や交差点、ショッピングセンターなどでの辻立ちではちゃんと自らの言葉で政策を語っていた。
地縁のしがらみのない僕が投票した候補者は後者であるのは言うまでもない。

そう、地方議員もしっかり政策で勝負する時代なのだ。地区(ムラ)の代表として地区に利益誘導するのではなく、安曇野市全体の代表なのだから。街頭で政策を語れる議員を、僕ら市民は育てていかねばならないと改めて思う。

とにかく日本の政治が変わっていくこの時期にしっかり立ち会えたことだけでも、生きていてよかったと思えるようなそんな政治を当選した政治家の皆さんにはお願いしたいと、優等生的な言葉でこの「暴論」を締めくくろう。
おやすみなさい。
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【2009/10/16 23:47】 | log | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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