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「ライブテープ」
去年観た映画を振り返る間もなく、今年の初映画はシネマセレクトの上映会@まつもと市民芸術館小ホール。
今回は「松本CINEMAセレクト・アワード最優秀監督賞」の授賞式を兼ねて、会員500円という超太っ腹な上映会だった。そのうえ、映画の出演者によるライブまであるという盛りだくさんの内容。

新進気鋭のドキュメンタリーの監督が、僕がまだ聴いたことがないミュージシャンのストリート・パフォーマンスを74分1カットで撮ったということだけで本当に映画好き、音楽好きの心をくすぐる映画。

ライブテープ フライヤー
「ライブテープ」 2009年 監督:松江哲明  作詞・作曲・ギター・歌:前野健太
 バンド:DAVID BOWIEたち  参拝出演:長澤つぐみ
 (第22回東京国際映画祭「日本映画 ある視点部門」作品賞受賞)

ちょうど1年前の元旦の吉祥寺。初詣の参拝客でごった返す武蔵野八幡宮から吉祥寺の街を抜け、井の頭公園の野外音楽堂まで、ギターの弾き語りをしながら歌い歩いていくシンガー「前野健太」をカメラが追っていく。

晴れ着姿の長澤つぐみがお参りするところ(初めて見た「参拝出演」というクレジット!)からカメラがずんずん歩き、スパンしていく先に、若かりし日の井上陽水を彷彿させる前野健太の姿が。
おお、この入り方からしてスゴイつかみだ。

そして吉祥寺の街を歩き進んでいく前野健太とカメラ。元旦ゆえにシャッターの下りている店も多く、それほどごった返しているわけでもないこの日だからこそ成り立つ奇蹟の時間が流れていく。
サンロード、西友前、伊勢丹前、ハモニカ横丁、吉祥寺駅前、武蔵野公会堂、そして井の頭公園へと下っていく階段。
中央線育ちの僕にはよく見知った風景だけれども、カメラと録音の素晴らしさで本当に新鮮に見えてくる。
ラストシーンの美しい夕焼けと井の頭公園の人々の姿に、チラシの「生きていかなきゃね」という言葉が重なり合って何故か目頭が熱くなった。

前野さんの歌は、日常の機微を丁寧に掬い上げた歌詞が、ストレートに心に突き刺してくる、そんな歌。決して歌もギターもメチャクチャ上手いというわけではないけれども、彼の生き方そのものが歌になって僕らに届く。
上映終了後のトークショーで前野さんは「歌うことは呼吸するようなもので、歌わなければ死んでしまう」そんなものだと語っていたけれども、この74分の「偶然」には本当にその生き方が顕れていたのだ。

松江監督にとっては構想が生まれてからわずか1ヶ月後に撮った作品で、彼が育った吉祥寺の街に彼自身の想いを投影した「極私的な作品」ということだけれども、前野さんの歌とシンクロナイズ&ハーモナイズしてできたこの映画の世界は、実は誰にでもある普遍的なことなのかもしれないと僕は思った。

上映、トークショーの後は、前野さんのライブ。ギターの弾き語りで「ライブテープ」の中で歌われた曲をはじめとして1時間ちょっとの熱演。途中、ストラップが抜けるというハプニングもあったが、それをまたアイディアにして次の曲は寝転がって歌ったり、静と動が同居した独特の世界に僕らもすっかり引き込まれる。
そしてアンコールはロビーにて。それを松江監督はハンディカメラを回して撮る。いつかこの「ライブテープ・アナザー・ストーリー」を僕らも観る機会があれば素敵だ。

僕にとっては今年も幸先のよい映画スタートだった。今年も心に響く作品にたくさん出会えますように。
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【2010/01/10 23:45】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
昔の記憶ってどうしてこんなにも・・・
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1985年に日本で初公開され、大きな反響を呼んだスペイン映画「ミツバチのささやき」(ヴィクトル・エリセ監督作品、1973年)。
製作から10年以上を経て日本に紹介されてきたという話題性もあったが、何よりもポスターの小さな女の子の黒目の大きな瞳に吸い込まれるようにして、当時受験生だった僕も映画館へと足を運んだ。

その頃は今の映画館のような料金割引サービスはほとんどなく(せいぜい年に2度の「映画ファン感謝デー」ぐらいだったか)、ただでさえお金も時間もない大学受験を控えた高校3年生には映画館というのはかなり遠い場所だった。レンタルビデオもまだ高く、家で映画でも観ていようものならば母のカミナリが僕に落ちるのは間違いなく、それゆえ当時の僕にとっては映画というのはすごく遠い存在でしかなかったのだ。
それだけに僕にとっての映画への憧れは非常に大きなものがあった。その当時の日本は自主制作映画が興隆してきた時代。まだまだ16mmフィルムが元気だった頃だ。フィルムそのものの値段も現像料も素人には高く、お金のない作り手は一本一本が真剣勝負だった。そして僕もいつか自分の映画を創るのだという想いを持ちながらも結局実現することなく終わってしまったものなのだ。
いや、今は映画制作の世界もハイヴィジョンのヴィデオ・カメラが主流で、家庭用の手軽なものならばちょっと頑張って稼げば僕らにも簡単に手の届く値段なのだから、やろうと思えば今からでも映画を創ることは可能なのも間違いない。もっともこれは機会があればという程度にしか考えていないが、機会はきっとあるような予感がしている。
このムーヴメントの中から出てきた映像作家も多い。僕と同世代からちょっと上(つまり30代後半~40代)の映像クリエーターたちの多くは何らかの形で自主制作映画に関わってきたという、そんな時代だった。

この「ミツバチのささやき」は、確か開館したばかりの六本木の映画館(今でいう「ミニシアター」の走りだろうか)でロングラン上映されていたので、予備校をサボるタイミングを見計らって僕は観に行ったのだ。これも小さな冒険。
そこまで思い入れの深い作品だったというのに、その後もっと僕に対して刺激をもたらしてくれた作品があまりに多すぎて、正直言ってどんなストーリーだったか、ポスターの女の子以外の登場人物の存在すら忘却の彼方へと消えてしまっていた。

この映画の監督、ヴィクトル・エリセはあまりに寡作だということで有名で、その後2本の長編映画をほぼ10年おきに発表しているだけなのだ。この自分のペースを頑なに守るというのは僕にとってはお手本とすべき生き方ではあるけれど、彼と作品を通じてしか出会ったことのない僕にとっては10年のブランクというのは彼の存在をも忘れてしまう。
また、監督の意向なのか、長年DVD化がされていなかったようで、そのうえ日本国内には1セットしかプリントが存在しないということで、記憶に残る名作でありながらその後20年以上一度も観ることはなかった。

その「ミツバチのささやき」と、1984年制作の「エル・スール」(この2本は日本では1985年の同時期に一気に上映されたのだ!) のニュー・プリントが作成され、今、日本中を1ヶ所1~2週間ずつ巡回している。この9月には松本シネマセレクトの上映会としても企画されていたけれど都合が合わずに観られず、10月に長野ロキシー・松竹相生座で1週間上映されたのを観に行ってきた。

この「相生座」は現存する日本の映画館では最古のもので、明治25(1892)年に善光寺のお膝元の繁華街・権堂に建てられている。オリンピック・長野新幹線開業を契機に街の重心が長野駅前に移ってしまったこの権堂のアーケード街自体少々寂れてレトロな感じすらするけれど、それを悠に飛び越えて相生座だけは本当に時間が止まってしまっているかのような重要文化財的な映画館。
でもこの映画館のセレクトする作品はとても良質で、信州の映画好きの心の拠りどころのひとつと言っても誰も否定しない、そんな素敵な映画館だ。もちろん内部は改修されて、最新鋭ではなくても十分現役として活躍できる映写・音響システムを持っている。小さなハコなのでスクリーンも小さいが、それがまたアットホームで僕は好きだ。
ここで思い出の作品を鮮明なニュー・プリントで観ることができることの幸せ。

正直言って24年も昔の記憶は一部分しか残っていなくて当然なのだ。そんな当たり前のことを思って切なくなる2時間弱の上映時間。
そもそも、主人公・アナ(ポスターのつぶらな瞳の7歳の女の子)に姉がいたということすら忘れていた僕。ストーリーも本当にあやふやにしか憶えていなかったことに、青春の儚さと人間の記憶のいい加減さを改めて思ったのであった。要所要所のカットにはそれなりに記憶があったけれども、僕の中では断片的にしか残っていなくて、それがつながっただけでもなんだか泣けてきてしまう。

でも、制作から35年経っても決して色あせることのない名作。ハリウッドのような派手な効果も演出もなく、静かに淡々と進むストーリーだけど、こういう丁寧なつくりをしている映画にはなかなか出会えないものだ。最盛期には年間100本、今年も30本ほど観ている僕でも、その中でずっと心に残るそんな丁寧な作品は年に数本しかない。

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併映の「エル・スール」、1985年に観たつもりでいたけれど、内容がまったく記憶になく、実は今回が初観賞だったのだろうとその場で気づく情けない僕。
なにしろ、当時一番印象的と評されていた、8歳の主人公・エストリリャが落葉する秋の朝の並木道を自転車で出発し、すぐに15歳の少女に成長して帰ってくるシーン・チェンジを、僕は何一つ憶えていなかったのだ。

昔の記憶ってどうしてこんなにも曖昧で、都合のいいようにしか残っていないのだろう。
きっと、それが人間というものなのだ。
24年の歳月というのはそういうものなのだろう。


エリセ監督はまだスペインで健在だそうだ。もちろんゆっくりゆっくりと、1本1本の細い糸を紡ぐように丁寧に映画を撮り続けていて欲しいと願っている映画好きは間違いなくたくさんいる。
きっといつか誰もがすっかり忘れた頃に新作を人知れず届けてくれそうな気がしている。

主演の「永遠のつぶらな瞳の女の子」アナ・トレントは実年齢では僕より1歳年上で、今でも女優としてスペイン国内で活動しているそうだ。大人になって、人生の折り返し点を過ぎた今の彼女にどこかのスクリーンで出会えたらいいなとは思うけど、きっと簡単に気づくこともないだろうな。

記憶というものは、リフレッシュすることできっと確実なものになる。
僕らのメモリーはパソコンのメインメモリー「DRAM」のような揮発性メモリーではない。
常に何らかの形で残り続けている不揮発性メモリーなのだ。
だからこそ、リフレッシュが必要で、頻繁にアクセスして絶えずリフレッシュされている記憶についてはいつまでも色あせないものなのだろう。


だから、僕は心の向くままに、無理せず丁寧に、日々を生きていきたいと思うのだ。
大切な記憶はリフレッシュしながら、さまざまな新しい出会いもしっかり記憶しながら、ゆっくりと、丁寧に。
【2009/11/28 01:26】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
大丈夫、幸せは すぐそばにある ~「今度の日曜日に」
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ようやく畑1枚草刈りほぼ完了。疲れた~

連休の疲れが取れないまま農繁期のハードな日々を送っていると、あっという間に一日が過ぎていってしまう。これは前言った「1日30時間」でも足りないほど、たぶん48時間あっても足りないと思ってしまうに違いない。

おかげで今日は大事な飲み会すら過労のあまりの体調不良で参加取りやめ。これで人間関係どんどん悪くしてるよな。
でももうこれ以上無理が利かない状況なので、どうかお許しくだされ・・・って、ほんと連休明けからずっと東京行きの用事は2回もキャンセルしてしまってるし、主催しようとした飲み会もキャンセルを繰り返し、バンドの練習だって行く気力も体力もなく、暇さえあれば寝てる感じ。実は飲み会行けなかった時間はしっかり寝てました。ゴメンナサイ。

でも世の中にはもっとハードな日々を送っている人だっているんだよな。僕はまだまだ甘すぎる。
もっともっと自分を鍛えなくては。
ある意味ひとりで何もかも全部やることの限界を今、悟らされているのかもしれない。結果、大事なことを中途半端にしてしまっている。そしていろいろなものを失ってしまった。
だから、すべてを認めて甘えられるパートナー募集中、とでも言ってみた方がいいのかもなぁ。
でも全部甘えるなんて僕のキャラじゃない。やっぱ無理やぁ。


そんなわけでどうどう巡りの日々を打開すべく、先週から今週にかけてはまったくフリーな時間をできるだけ作って一日2時間でも好きなことをしたいと思ってきた。あまりの眠さと体調の悪さゆえに実践できたのはまだわずかに2日しかないけど、それもまた安易な娯楽である映画を観るということで。

先週観た1本は正直僕にとっては何も入ってこない映画で残念だった。暴力と性的描写があまりに生々しくて、今の僕には本当に観るに耐えない映画だった。それでも観た後には妙にスッキリしていたのにはびっくり。つまり調子のいいときなら十分受け入れられた作品なのがわかってかなり自己嫌悪。
だから評価のしようもないので、タイトルも書くことは現段階では控えておこう。体調よくなったらDVDでもう一回観てみよう。


そしてもう1本は今日、体調悪いのを押してまでアイシティシネマまで観に行った。
こちらは淡々とした小品ながら、実にじわじわと幸せな気持ちになれる素敵な1本で、無理して時間作って本当によかったと思った。

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今度の日曜日に」 監督・脚本:けんもち聡、出演:市川染五郎、ユンナ、竹中直人 2009年日本
大好きな先輩の後を追って日本に留学してきた韓国人の女の子、ソラ(ユンナ)が、ひょんなことから知り合ったおじさん(市川染五郎)の生き方に深くかかわっていく中に大きく成長していくというストーリー。そこには今の日本人が忘れてしまった「心のふれあい、思いやりとやさしさ」をしっかり思い出させてくれる素敵な空気が流れている。
そのテーマは安曇野で僕らが求め、実践してきていることそのものであり、もしかしたら異文化で育った視点があってこそ初めてたくさんの人に気づいてもらえることなのかもしれないと思ったら、僕ら「来たり者」も大きな存在意義を見出せる。

韓国でのシーン以外はほぼ全編松本市内と近郊でロケが行われたこの作品、信大のキャンパスや女鳥羽川や奈良井川沿いの風景、中山やアルプス公園から眺める整った形の常念岳、新島々駅や上高地線の車窓、それらがちょっとセピアがかった美しい色調で撮られている。正直言ってよく知っている場所だけに突っ込みどころもたくさんあるのだけど、あえてそれらは全部目をつぶって、松本という街が持つ独特の空気感をこんなにもわかりやすく表現したこの作品には、この地が好きで流れ着いてきた僕らにとってはものすごく共感してしまって当然という感じ。
それは僕にとって年齢的にも同世代のけんもち監督の感じるもの、表現するものへの共感でもあるのだけど。

ほろりと泣けるシーンもいろいろあった。他の人から見たらなんでこんなところで泣けるのというところで僕は涙がこぼれ落ちるのを感じていた。
それは、竹中直人演じるソラの指導教授が研究室でギターをかき鳴らして口笛を吹くシーン。清志郎さんの親友だった竹中さんに、まるで清志郎さんが乗り移ったかのような、そんな熱いソウルを感じた僕だった。

そして一番感動したシーンは、誤っておじさんの大事にしているガラスびんを壊してしまって悲しむソラの部屋から、それを奪い取っていったおじさんの悲痛な叫び声。
「これで悲しむ人がいるならば、こんなもの、壊れてしまえばいいんです!」(正確な台詞ではありません。正直うろ覚え。)
市川染五郎という二枚目がこんなにも風采のあがらないヨレヨレの中年男を演じているというのも面白いけれども、さりげなくやさしくてカッコイイ。
そう、こんな人、安曇野にはたくさんいるよ。
僕もその一人かもしれないけど。まぁ、カッコよくはないな。おまけに泥臭いし酒臭い。なんや、全然イケてないやん!(爆)

もちろん、ソラのような純粋でまっすぐでカワイイ女性も、安曇野にはたくさんいる。
そう、幸せはきっとすぐ近くにある。だから大丈夫。
(三四六さんもなかなか気づかないところでチョイ役で出てるんだよな。だいじょーぶ。)

松本がロケ地でなかったら、きっと一般の映画館で上映されず、だいぶ遅れてシネマセレクトの上映会で観るような、そんな地味な作品だけど、ぜひたくさんの人に中信平に流れる空気の素敵を感じて欲しいと思ってならない、そんな映画だった。


松本市役所にはずいぶん前からロケ支援の組織が存在していて、素晴らしい作品が既にたくさん世に送り出されている。
遅ればせながら安曇野市にもロケ支援組織が昨年発足したばかりだけど、隣町を舞台にしたこんなハートウォーミングな映画を観ると、安曇野でもきっともっと素敵な作品が撮れるに違いないと信じて疑わない。

こういう刺激を受けると、僕も創作意欲が湧いてくる。本当に久々に書きたいという気持ちになってきたダ~。
これからアイディアを少しずつメモして、スケッチして、オフシーズンにしっかり作品にまとめ上げようと本気で思い始めてきた。
だから今年から久々に手帳(それも1日1ページの大型サイズ)を持ち歩くようになって、いつでもメモやスケッチが可能な状況が戻ってきたのも必然だったのだろう。

IT業界に長いこと身を置いていた僕は、手帳って本当に久しく持ってなかった。電子手帳やPDA、挙句の果てには携帯電話でメモやらスケジュール管理やらやっていたわけで、結局これって結果や最終形だけが残されて、そこに至る思考の過程はどこにも残らない。
そりゃデジタルにはデジタルの良さはあるのは認めるし、実際まだそれで食ってる部分もあるわけで否定はしない。でも、アナログだからこそできることの方が今の僕にとっては重要なものなのだと見直した田舎暮らし。
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その前に体調しっかり整えろと怒られそうだけど、それでも明日はやってくるから、明後日は一日雨の予報だから、明日は身体に鞭打って頑張ろう。
雨が降ったら今度は家の中を片付けたり、頼まれ仕事もいい加減やり遂げなくてはだし、もう一回御開帳の善光寺詣りしたいしで、結局休めないんだけどね。
この忙しさもあと3週間ほどの辛抱だ。頑張れ、terra-sun!
【2009/05/20 23:41】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
「高くて固い壁」と「ぶつかって壊れる卵」なら、僕も間違いなく卵の側に立つ。
村上春樹 エルサレム賞授賞式スピーチ 全文
http://www.47news.jp/47topics/e/93879.php

中学生の頃からの長い年月、僕は村上春樹が一番好きな作家だった。
彼のシンプルでテンポがよくて、深いメタファーが潜んでいるその文体が、僕の文章のよきお手本だった。
もちろん今でも村上さんの書く世界はとても好きだ。
年を重ねるごとに深みを増し、幅を広げていく彼の小説世界は、やっぱりワンダーランドだ。
僕がどんなに頑張っても、村上さんの想像力にはきっと追いつけない。

村上さんが「エルサレム賞」を受賞し、授賞式に出席するということについては、彼自身の中でさまざまな葛藤があったという。もちろん外野からのたくさんの圧力もあったようだ。
でも、彼はエルサレムに出向き、しっかりと発言するという手段を選んだ。
このことに僕は大好きな作家がちゃんと社会に、そして世界に責任を持とうという態度として、本当に頼もしかった。

まあ、僕自身、イスラエルという国家の存在自体が中東の大きな火種となっていること、そして、直近の出来事としてのイスラエル軍によるガザ侵攻という事実には反感すら抱いている。
ユダヤ人の歴史を考えると、国家を持たない民族の悲劇がそこにあるのも事実だけど、パレスチナ人という隣人を愛せず対立するというのは聖書の教えとはまったく逆なのも僕の反感の一番大きな要因。
だから、「エルサレム賞」は僕だったらいらぬ争いの種になるのが嫌だからときっと辞退すると思う。もっともそんな偉大な文学者には僕はなれないけど。

 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」
村上さんの今回のスピーチで、大きく取り上げられ、そして僕も大きく共感した言葉だ。
体制、あるいはシステムという高くて固い壁は、ときに人を傷つけ殺していく。でもそこで傷つけられる側になる人間は生身の、壊れやすい卵。
村上さんらしいメタファーの中に込められた大きなメッセージに共感した人も多いと思うし、「行くなら不買運動を起こす」と言った人も納得できるメッセージなのだと思う。(これで納得できないようなら、ただのクレイマーでしかない。)
さすが、世界のムラカミ。


さて、この記事のカテゴリーが「映画」となっているのは、ここからの話につないでいくためだ。どちらが本題かわからないような書き方になってしまって申し訳ないけれど、このふたつのトピックをつなげて語るのが今の僕には一番しっくり来る。

一昨日の水曜日、メンズデー1000円を利用して、「チェ 39歳 別れの手紙」を観た。
今月1日に京都で観たのの続編。
キューバ革命を成し遂げ、現状に安住することなく、新たな革命、圧政からの人々の解放を求めてキューバを去っていったチェ・ゲバラ。
この映画は彼がボリビアでのゲリラ活動に失敗して政府軍に捕らえられて銃殺されるまでの1年ほどを描く。
第一部「28歳」が希望に満ちたものだったのと対照的に、非常に重く苦しく、観ていてとても辛くなるものだった。やはり2本続けて観たほうがよかったのではないかと、観終わった後のやり場のない苦しさに心が痛む。

ジョン・レノンをして、「あの頃世界で一番カッコよかった男」と言わせしめたゲバラが、何故こんなにも辛い希望のない闘いを強いられなければならなかったのか。「米帝」(あえて左翼的な言葉を使わせてもらったけど、この言葉こそここにはふさわしいと僕は思う)の影がひしひしと感じられる。
何もその頃だけじゃない。今だって世界の盟主であろうとし続けるアメリカの横暴は続いていて、それがあったからこそ、直接的・間接的に多くの命が失われている。
どうかバラク・オバマにはその負の流れを断ち切って、フェアな世界を作ることに向かって欲しいと思うのは僕だけではないのは間違いない。
世界経済の再生ということを望むならば、その前にもっと大事なやるべきことがあるのだから。
何度も言うけど、僕は「経済成長をやめてしまう」というのもひとつの選択肢としてアリだと思っている。そこまで高度資本主義経済体制にどっぷりつかった人々には到底できるとは思えないけど、価値観を少し変えてみることで意外にも簡単に解決の糸口が見えてくるのではないかと思う。それこそ「革命」。

いずれにしても僕は高くて固い壁ではなく、弱いけれどもひとつひとつとても大切な卵の側にいたいと、村上春樹の言葉とチェ・ゲバラの生き様に改めて思った。
そう、無用な争いはやめて、もっとやさしく誰もが生きられるようにしていこう。それが安曇野からの僕らの革命。

同志たちよ、団結なんてしなくていいから。
今身近にいる人たちを大切に、やさしさをいつも心に。

同志たちよ、頑張らなくていいから。
あなたがあなたらしく生きられるということは、お金には換えられない価値があるのだ。
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P.S. 最近、文字化け状態のトラックバックを送ってくださる方が多く見受けられます。
   せっかく有意義なサイトからのトラックバックかもしれないのに残念です。
   大変申し訳ございませんが、文字化けトラバは中身に関係なく削除します。
   せっかく有意義な情報も相手に読めなければただのゴミです。
   本当に伝えたいならばどうか読み手のことを考えてください。
   そして伝えたいという気持ちにしっかり責任を持ってください。
   それが「書き手」としての僕からのメッセージです。
【2009/02/20 09:23】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
心優しき革命家でありたいと思う
ということで、本日から3日間京都に滞在。ほんとはもっとゆっくり、暮らすように旅をしたかった。2週間程度のITプロジェクトがあったら、この時期なら短期出稼ぎという手もあったけど、なんだかんだで3日間しかいられず、残念だけど、それでも京都にいる。

特に予定も決めず、今日は日曜だから神社仏閣あるいは四条河原町界隈のカフェなどはかなり混雑しているということで、何故か二条駅前のTOHOシネマズへ。
そう、今日は2月1日。映画ファン感謝デー。

僕にとってひとりの大きなカリスマ的存在である、エルネスト・チェ・ゲバラを題材に、巨匠スティーヴン・ソダーバーグがベニチオ・デル・トロで撮った映画『チェ』2部作。
今日は2本一気に観てしまおうかなどとも思ったけれど、あまりの窓口の混雑と、まだ松本でも絶賛公開中なので、まずは第1部『チェ 28歳の革命』だけを観ることに。

正直、アメリカ「帝国」の息のかかった場所で育った僕には、キューバ革命とそれ以後の米国との対立構造ゆえに、あまりいい印象はなかった。でも、チェ・ゲバラが亡くなった1967年に僕は生まれている。その時代はまだ、共産主義に大きな理想を求めることができた時代なのだと思うと、決してキューバ革命と社会主義共和国も悪いものではなかったのだろう。

以前、『モーターサイクル・ダイアリー』で、チェ・ゲバラという人物に大きな興味を持った僕。共産主義革命の原点は彼の人間に対する愛情とやさしさなのだと、その長い青春の旅を描いたロードムービーで僕は知った。
そして、この『チェ 28歳の革命』で、いっそう彼の原点にある優しさに触れることができた。

だから、普通の人なら何とも思わないようなシーンでいきなり泣けてしまったりもした。
革命に至る道筋にはたくさんの血が流れていたという史実に従って、かなり生々しい戦闘シーンがたくさんあったりするのも心が痛んだ。

無血革命などというものはたぶん今までの人間の歴史の中では存在することはなかったのだろう。確かに教科書的には「無血革命」は存在しているけれど、その陰で命を落とした人がいるのも間違いない。

そして僕は思う。
確かに今の日本では「革命」というものは政治的には必要のないものだ。
だけど、こんなにもたくさんの人が痛みを感じて生きるしかない世の中であるのも紛れもない事実なのだ。

だから、すべての人に、意識のうえで「革命」が必要なのだと僕は常々思っている。
誰かに押し付けられることもなく、自分自身の中で自然と大きな変化が起こっていくことで、人はこの息苦しい時代を生きていく力を得ていくのだろう。

景気が最悪になる前に、一足先に都会でのサラリーマン生活に別れを告げて、田舎で自給自足を目指しつつも楽しく生きようとしてきた僕は、もしかしたら「革命家」なのかもしれないとときどき思う。
僕にチェ・ゲバラのようなリーダーシップがあれば、本気で「革命」を成し遂げようとしていたかもしれないけれど、今の日本で武力や暴力を使って革命を起こすことは不可能だ。

だから、心優しい革命家でありたいと本気で思う僕。人が人として最低限気持ちよく生きていけて、そしてお互いに思いやりを持って生きられる、そんな社会に日本が変わっていくことを心の底から望んでいるのだ。

チェ・ゲバラの優しさを改めて知ることで、僕は今までの生き方を肯定することができて、そしてこれからはもっともっと優しくなろうと思ったとても貴重な2時間だった。
少なくとも僕の周囲では、誰かを蹴落としてみたりとか、足を引っ張ったりとか、そんなことのないコミュニティを作っていきたいものだ。誰もが同じように思うならば、きっともっと優しい社会になっていくはずだ。これもひとつの革命なのだ。

たぶん、変えていけるのは「草食男子」と、「母性」なんだろうな。
ある人が言っていたけれど、「母系社会では戦争も起こらない」という考え方に僕は注目している。たぶんこれからの世界のキーワードになるだろう。

◇ ◇ ◇ ◇
最近、一番たくさんの人間の優しさを感じた、山下夏くんへの募金活動。
ついに目標額の1億8000万円に到達したとの嬉しい知らせが届く。
夏くんはご両親と今週、6日に渡米の予定だそうだ。
ドナーがいつ現れるかすらわからないけれども、命のリレーが実現する日はそう遠くないはずだ。
今年に入ってから夏くんはずいぶんと症状が悪化してきていたとのことなので、何とか間に合ってほしいと思う。
ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。

臓器移植については本当にいろいろな考え方があって、むしろ否定的な意見すら日本では多く聞こえてくるのだけど、何かの間違いで命を落とすことがあるならば、僕は自分の臓器で使えるものがあれば喜んで提供したいと思っている。(もっとも肝臓は使い物にならないはずだけど)
それでつながっていく命があるならば。
非常にセンシティブな問題なので、これ以上はご勘弁を。論争する気もありませんので。
【2009/02/01 15:06】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
西島秀俊、加瀬亮、香川照之。
久々に映画ネタをば。

この2ヶ月ほどの間、生来の映画好きがまた頭をもたげてきた気がする。
というのも、いつも「ひつじ屋」で眺めていた「松本CINEMAセレクト」の上映会チラシに興味があったものの、なかなか平日の夜に松本に出て行く機会を作れずにいたのだけど、意を決して上映会に行ってみたところ、映画好きの血が騒いでその日のうちに「NPO法人松本CINEMAセレクト」のメンバーになってしまっていたという恐ろしい状況に。
年会費3000円で上映会の大幅割引があり(通常、1800円のところを1200円で見られるので、5本見れば年会費がペイするのだ)、メンバー無料の上映会もあったり、さらには1枚の招待券がもらえたりと至れり尽くせり。
上映会は月に2~6回ほどのペースで実施され、企画、作品買い付けから当日の会場運営、上映すべてがボランティア・スタッフの手で行われているけれども、そこで上映される作品は新旧取り混ぜて商業ベースに乗らないものやミニシアター系のものを中心にすごくいい作品をセレクトしてくれて、本当に楽しめるのだ。

さすがにボランティアまでやる余裕は今のところ僕にはないので、上映会にせっせと足を運ぶことで活動にますます共感していくのであった。(本当は一緒に仲間になりたいのだけどね。本業が軌道に乗るまではできる範囲で少し関わればいいや。)

もともと洋画、それもミニシアター系、アート系と呼ばれるマイナー作品が好きだった僕だけど、ここしばらくは邦画を観る機会が増えている。
黒沢清、北野武、そしてそれに続く若い才能がどんどん出てきて、今や世界の映画界でも一目を置かれる存在となった日本映画。トヨタもホンダも斜陽が語られる今、もしかしたら世界に誇れる日本の産業の一番手なのかもしれないほどの元気がある。

最近1ヶ月の間に、CINEMAセレクトの上映会と、その他、東京や長野に出かけた際に見た邦画、および日本資本が制作に入った映画のタイトルをざっくり挙げてみよう。

「東南角部屋二階の女」  黒沢・北野の愛弟子のデビュー作。淡々と静かに、でも心に深くしみいるいい作品。
  監督:池田千尋 主演:西島秀俊加瀬亮、竹花梓

「真木栗の穴」 血も死体も出てこない、不思議な感覚の新しいホラー映画(ホラー苦手な僕も楽しめた!)
  監督:深川栄洋 主演:西島秀俊、粟田麗

「TOKYO!」 東京を舞台に世界の気鋭の監督3人が撮った中編3作のオムニバス
  「インテリア・デザイン」 監督:ミシェル・ゴンドリー 主演:藤谷文子、加瀬亮
  「メルド」 監督:レオス・カラックス 主演:ドゥニ・ラヴァン
  「シェイキング東京」 監督:ポン・ジュノ 主演:香川照之、蒼井優

「ヤーチャイカ」  世界初の写真映画。ふたりの詩人がつむぐ美しい世界。
  監督:覚和歌子、谷川俊太郎 主演:香川照之、尾野真千子

そう、僕がこの1ヶ月ほどの間に観た日本映画で、主演男優としてなんとこの記事のタイトルにした3人が必ず名を連ねているのだ!
そればかりではない、僕が未見の作品でもこの3人は今年公開の作品に本当にひっぱりだこだ。

若手から中堅の域に差しかかり、役者として一番脂が乗っている時期だというのもあるだろうけど、この3人はどんな役でも確実にいい演技をして、観ているほうも安心して観ていられるし、それを期待して多くの監督が彼らを使うのだろう。

今や日本映画界の至宝と呼んでもいいだろう、主役から脇役までどんな役でも大きな存在感でこなしていく3人の30代~40代前半の男優。それぞれの個性がいろんな作品で光る。

男子である僕は、今までは映画の中の女優に惚れることばかりだった。それは映画に現実と違うもの、あるいは現実と重ねられるものを求めて観てしまう以上仕方のないこと。男が女に惚れて愛するのは本能なのだから。

でも、こんなにも男優に魅了されたのはもしかしたら初めての経験かもしれない。
そりゃ、ちょっと昔の洋画の男優さんはカッコよかったし、そういう目で僕も憧れたことはあった。
だけど、同世代のこんなにも素敵な日本人の男優に3人もこの1ヶ月で一気に出会ったということに、僕はとてもびっくりしている。
それは世代的に、同時代的に、彼らの演じる役柄に感情移入しやすいからなのだという気がしている一方で、そんな理屈では説明できない魅力が彼らにはある。

基本的に、彼らは3人とも二の線のいい男なのは間違いないけれど、それ以上に僕らの世代が持っている複雑な思いと背景にあるさまざまな社会現象(若き日はバブル、そして今はいろんな意味で病みきったもの)を的確に表現する力を持っているのだ。

やさしく穏やかで端正な顔立ちが安心感を与える西島秀俊。
どこか頼りなげな風情を漂わせてきっと母性本能をくすぐる加瀬亮。
知的なワイルドさと崩れそうな危うさを併せ持つ香川照之。

3人それぞれに基本的な色があるけれど、その色は僕らの世代が常に持ち合わせて生きてきた空気と共通するものがあると僕は感じている。そう、彼らは僕らと常に同じ時代を生きてきたのだ。

だから、僕らはスクリーンで彼らの姿を見ると安心して感情移入できるのだろう。

それぞれの映画は、魅力的で1本ずつレビューを書きたい気分だ。時間が取れればmixiでレビューを書くかもしれない。
それぞれの映画に出てくる女優たちもチャーミングでプチっと恋してしまいそうなのも間違いない。
竹花梓は「シャープなクール・ビューティ」という今までの印象が一気に崩れて大きな親近感が持てたし、粟田麗は「古きよき日本美人」だし、藤谷文子は十数年前のCM美少女のイメージから完全に脱却して表現力豊かな女優さんになってたし、蒼井優の飄々とした姿も相変わらずよかったし、尾野真千子は動かない画面にいっぱいの躍動感をもっていた。
5人ともとても素敵だった。

でも僕はこの1ヶ月、女優より男優にすっかり惚れてしまったのだ。

やっぱり映画って素晴らしいね。
【2008/12/06 11:09】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
僕の映画狂時代
しかし、先週木曜の「earth」に始まり、この1週間で6本も映画を観てしまった。もちろん定価で入場したのは「earth」のみだったけど。

一応、この1週間で観た映画のタイトルを全部挙げておこう。それぞれレビューしてもいいのだけど、これは追々mixiのレビューに上げることにして、まずは羅列とひとこと感想だけ。

1)earth ・・・地球の美しさを再認識することの重要さ。
2)フローズン・タイム ・・・タイトルからしてサスペンスっぽいけど、実は・・・
3)ぜんぶフィデルのせい ・・・主人公の9歳の女の子が実にキュートでほのぼのHappyに。
4)シルク ・・・松本ロケの仏伊加日合作映画、哀しいトーンの中に芦名星がキラリと光る。
5)ミリキタニの猫 ・・・NYの日系人路上画家が社会とのつながりを取り戻す姿に感動。
6)ディス・イズ・ボサノヴァ ・・・ボサノヴァを愛する僕には、その歴史を知る貴重なドキュメンタリー

「事実は創作より奇なり」を地で行く5,6のドキュメンタリーに大きな感動を覚えるのは当然として、意外にも僕のツボにはまってしまったのが2の「フローズン・タイム」。タイトルとは違ってサスペンスじゃないことだけを確認してから「タイトル買い」で観たのだけど、基本的には僕があまり観ないラヴコメディなのに、実際のところは「おバカ映画」のツボをしっかり押さえていると同時にブラックでシニカルな笑いもあって、常にくすくす笑いしながら主人公の恋が進展していくのを楽しく観ることができた。たまにはこういう何も考えずにHappyな気分になれる「ひねくれポップ」な映画もいいものだ。

いやぁ、やっぱり映画っていいですねぇ。(氷野曇郎)

こんなに集中的に映画を観たのも実に久しぶり。4年前は劇場公開とビデオ合わせて年間100本近く観たのを思い出す。
ただこの映画好き、どうも家系のようなので仕方ない。父親の従弟に映画評論家もいるのはここだけの話。やはり血は水よりも濃いというわけで。
映画館の少ないこの地に暮らしていても、映画なしでは僕は生きていけないのだ。
【2008/02/07 01:05】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
映画「earth」
環境に少しでも関わっている人間としては、必見の映画ということで早いうちに観に行きたかったこの映画、やっと観に行くことができた。

英国BBCの制作によるこの映画、BBCの自然ドキュメンタリーの出来のよさは誰もが知るところだけど、この映画も美しい映像の中に見られる野生の営み、それが地球の環境変化によって危機にさらされていることを観客に知らせるということを主眼点に作られている。
いろいろな形で地球温暖化のことを断片的に知っている僕らだけど、現実の映像を見て認識を深めること。その取っ掛かりとなる映画として、やはりできるだけ多くの人に観ていただきたい作品だ。
これと去年公開された「不都合な真実」と合わせて観ることで、身近な問題として、そしてそれがしっかり地球規模につながっているということを、たくさんの人に知ってもらいたいものだ。

ただ、日本国内では基本的に日本語版での上映。渡辺謙のナレーションは悪くはないけど、できれば英国の原版で一度観てみたかった。DVD化されたときには英語、日本語両方が収録されると嬉しいのだけど。
またベルリン・フィルの演奏も気持ちよく、気持ちのいい低音のナレーションと合わせて途中何度か意識が遠のくことがあった。

地軸が23.5度傾いていることによって生まれた奇蹟たち。それが今の僕ら人間を含めた生命を育んでいるということ。
人間のエゴで50億年続いた生命の営みを壊してしまうこと。それは何があっても避けなければならないことだと改めて思う1時間40分の地球の旅。
【2008/02/01 23:36】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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